深い闇に包まれた森の夜、洞窟で野生動物を喰らう山男の横で、凛も食事を共にすることになる。凛と山男が一緒に生活するようになる重要なシーンだ。

福永「村で生まれ育った凛は、男に従わないと女は生きていけないという価値観がベースにあり、山で生きていくために山男と夫婦の関係になろうとします。でも、凛が思ったような展開にはなりません。村で育っていない山男には、凛が当たり前だと思っていた村の常識は通用しないんです」

 凛と山男とは対照的なカップルとなるのが、村の重役の孫娘・春(三浦透子)と駄賃付の泰蔵(二ノ宮隆太郎)だ。馬を連れて他の集落とを行き来する泰蔵は、凛に好意を寄せていたが、結婚を迫る春を拒むことができない。泰蔵と春のやりとりは実に人間くさく、シリアスな物語の中でおかしみを感じさせるシーンとなっている。『ドライブ・マイ・カー』(21)での好演が光る三浦透子、監督作『逃げきれた夢』が公開中の二ノ宮隆太郎が、どちらも憎めない味のあるキャラを演じている。

福永「三浦透子さんと二ノ宮隆太郎さんのやりとりはとても面白く、2人のシーンはもっと見ていたいと思わせるものがありました。村の人たちが悪者で、凛だけが正しいのかというと、決してそんなことはないわけです。物事には常に多面性がありますし、単純に白黒をつけるような描き方は避けました。僕自身は海外で生活したことで、自分が身につけていた常識が通用しなかったり、日本にいるときには気づかなかった日本文化のよさに気づくことができたりもしました。自分の知らない世界に触れることで、新しく見えてくるものがあるんじゃないでしょうか」