もはや富士山丸事件というのを覚えている人は少ないだろう。

 日本近海で交易する冷凍運搬船「第十八富士山丸」の船長だった紅粉勇が、北朝鮮の人間を日本へ密航させたという濡れ衣で、北朝鮮に機関長と共に逮捕されたのが1983年。

 白状したら日本へ帰してやると嘘をつかれ、向こうのいうがままに始末書を書き、「15年の労働教化刑」に。

 ヒーターもない部屋で、毛布を手縫いで下着にして寒さをしのいだという。

 金丸信副総理(当時)訪朝団の働きかけでようやく帰国できたのが1990年だった。だが帰国するとき北朝鮮側から、ここで見たり聞いたりしたことはいってはいけない、家族に影響を及ぼすと脅され、帰国してからも周囲に話すことはできなかったそうだ。

 2007年に当時の体験を本にして、ようやくホッとしたという。

 今年2月に92歳で亡くなったが、これまでを振り返り、「いい人生だった」といっていたそうだ。合掌。