さて、『ジャックフルーツが行方不明』でも冒頭でドタバタ珍道中が描かれていることから、そういった類のコメディ作品なのかと思ったが、よくよく観るとそれだけではない。ネタバレになるので詳しくは伏せるが、犯人を追い詰めたシーンで、壁にさりげなく「教育でカーストを撲滅しよう」という文字が書かれていたのだ。このメッセージが本作のテーマになっているのだろう。

 ここでの「カースト」とは、ストレートにそのままの意味も含まれているが、男女や日常の上下関係も含まれる。本作のおおまかなストーリーは、政治家の邸宅にある木になっていた2つの大きなジャックフルーツが盗まれたことから巻き起こるーー政治家と警察組織との癒着によって、ジャックフルーツの事件が優先され、誘拐や人身売買、殺人といった凶悪犯罪の捜査があと回しになっているという風刺だ。つまり、カースト制度は撤廃されているはずが、社会システムの上でまだ根深く残っているということが描かれている。

 カースト問題を抱えるインド特有の感覚にも感じるかもしれないが、本作で描かれている問題は、世界中のどこにでもある、目に見えない世の中の支配構造そのものでもあるのだ。

 サニヤー演じる警部補マヒマは、巡査ソウラヴと恋人関係にあるが、男女のパワーバランスとしても、役職としてもソウラヴよりも“上”。ただ、カーストだけは“下”であることを、ソウラヴの父親にも、職場の上司たちにもバカにされている。ソウラヴ自身はカーストなど関係ないと思っていながらも、根底にある差別意識がたまに顔を出すことがある。

 カースト問題は差別する側だけの問題かというと、実はそれだけではないのかもしれない。カーストを理由に虐げられている側の認識も含めて、カーストに対しての意識を国全体(都会も田舎も関係なく)で変えていかないといけないのだ。

 本作で描かれているさまざまな問題が、「教育でカーストを撲滅しよう」という言葉につながってくる。