瀬名が噂を聞きつけて浜松城にやってきたと知ると、お万は同僚の侍女たちに木に縛ってほしいと依頼し、瀬名には「お気の済むまで折檻してくださいませ! 殺されても文句は言いませぬ!」「殿のご落胤とあらば世に恥ずかしくないしつけを施さねばなりませぬ。我が家は……社でございますが戦で焼けてしまい……。父は死に、母は動けず……とてもとても、そのような……」などと訴えました。お万の芝居じみた振る舞いから、瀬名も彼女の目論見に気づかざるをえなかったようです。しかし瀬名は本当に懐の深い女性のようで、いくら乱世とはいえ、人には誇れないと思われたお万の生き方を「私は嫌いではないぞ」「恥ずかしいことはない」と慰めましたが、勝ち気なお万が「恥じてはおりませぬ」と即答したのには驚かされました。

 お万は、あくまで自分は戦で弱った家康を慰めて差し上げただけだと強弁し、筆者にはそれはまるで夫を放置していた瀬名を責めるような口ぶりだったようにも聞こえましたが、史実でもしそんな発言をしていたとしたら、裸で木に縛り付けられ、放置されたといった逸話にあるレベルの折檻では済まなかったでしょう。もっとも、女の武器を駆使することで持てる者(=家康)から奪い取るしか選択肢がなかったお万からすれば、実家が没落しても夫である家康に手厚く守られている瀬名に対して「あなたに何もわかるものか」などと言ってやりたくなる気持ちも、多少は理解できますが……。

 『以貴小伝』などの史料には、瀬名姫こと築山殿が於万(お万)の懐妊を知って激怒し、木に縛り付けて折檻したという逸話があることは有名ですが、内容的にはかなり異なる形ではあったものの、この逸話が『どうする家康』に登場したのには驚かされましたね。このドラマにおける「悪女」はやはり(放送前から「悪女ではない」と説明されてきた)瀬名ではなく、金目当てに周囲を見事騙していたお万という描かれ方だったのも興味深かったです。

 お万の騒動が決着を見た後、家康から改めて同居を懇願された瀬名ですが、やはり女性問題を起こした夫と即座の同居再開は気が乗らなかったのか、「いずれは2人で暮らしましょう」と答えていましたが、その後の悲しい展開を知っていると、なんとも切なく映るシーンでした。