ドラマでもこうした通説にのっとって、五徳姫(松岡夏輝さん)が、家康や瀬名姫、信康(寺嶋眞秀さん)のうるわしい家庭を崩壊させるきっかけとなりそうですね。第13回で、信康とケンカした五徳姫が、瀬名に謝れと言われても無視し、「父上に言います」と信長に告げ口すると宣言していたのはその伏線かもしれません。

 しかし、築山殿と信康の死は、実際のところは家康によって練り上げられた計画殺人であり、五徳姫はその協力者という立ち位置にいたのではないか、と筆者は考えています。

 上洛が描かれたドラマ第13回はすでに永禄13年(1570年)となっていましたが、その3年前の永禄10年に、家康の嫡男・信康は同い年の信長の娘・五徳姫と結婚しました。当時まだ9歳でした。ドラマの五徳姫は気難しく、気立てのやさしい信康とは正反対。気に入らないことがあると手をあげるような女の子として描かれていました。家康は五徳姫と信康の仲を取り持つため、南蛮伝来の珍しい「コンフェイト(=金平糖)」を京都から持ち帰る約束をさせられていましたね。

 史料が少ない五徳姫ですが、家康は、実子の信康以上に義理の娘の五徳姫を可愛がっており、信頼していたのではないかと筆者には思われます。その理由は後ほどお話しするとして、まずは信康について説明しましょう。実は彼は問題が多すぎる人物でした。