『どうする家康』第10回は、家康初の側室となる西郡局(ドラマでは北香那さん演じる「お葉」)をめぐる内容でしたが、なかなか驚かされました。家康と西郡局の関係自体は長く続いたにもかかわらず、彼女が授かったのは督姫一人だったという史実における謎への説明として、ドラマでは「彼女の恋愛対象が女性であったから」と理由付けしていたからです。確かに、お葉のように、男性と深い関係になって初めて自分が求めるパートナーが異性ではないと気づく女性は昔も今もいるでしょう。戦国時代といえば男性同士の関係に注目が集まりがちですが、女性同士の関係もあったはずで、なかなか興味深い展開となりました。

 次回も女性キャラクターが、興味深い形で取り上げられるようです。ドラマには、「瀬名姫の親友」としてお田鶴(たづ)という女性(関水渚さん)が登場しますが、実際のお田鶴の方なる女性は、生年・本名などは不明ながら、江戸時代以降に書かれた歴史資料などの中で実にさまざまな役割を与えられていることで知られる存在です。もっとも、その史料の大半が真偽不明……はっきり言うとガセ情報なのですが、江戸時代に井伊家に伝わる逸話を集めた『井伊家伝記』では、井伊直平(『おんな城主 直虎』の主人公・井伊直虎の曽祖父)や家臣たちに「毒茶」を飲ませて殺害した女として描かれていますし、山岡荘八による昭和のベストセラー時代小説『徳川家康』(講談社)では、なんと家康の初恋の女性だったという設定になっています。ほかにも、女武者として侍女を率いて家康と激戦を繰り広げたという伝承も……。

 史実のお田鶴の方は、今川義元の母・寿桂尼を母方の祖母に持つ高貴な女性で、今川義元は伯父、氏真は従兄弟です。こうした背景から、人質時代の家康と面識があった可能性も高いでしょう。ドラマでも触れられていましたが、家康の上ノ郷城攻めで亡くなった鵜殿長照の妹でもあります。また、瀬名姫とお田鶴の方は系図上、近い親戚にあたります(両者の母親が義理の姉妹)。ただ、こうした系図の情報は残っているものの、彼女の人柄について伝えている同時代の記録はほとんどないのが残念です。当時の史料には飯尾豊前守(いいおぶぜんのかみ)の妻、もしくは飯尾豊前守の後室(=身分の高い未亡人)として名前が出てくるだけで、「お田鶴」という名称も江戸時代以降に作られ、定着したものだと考えられます。

 彼女にまつわる興味深い逸話ほど、その大半が江戸時代以降に創作されたと思われるものばかりなのですが、信頼できる情報をまとめると、彼女はその高貴な血筋にふさわしく、今川家の重臣だった飯尾連龍(いのお・つらたつ)のもとに嫁いでいました。