個人の熱情が、不可能だったロケ撮影を可能にした

 北海道室蘭を舞台にした『モルエラニの霧の中』(21)や犯罪サスペンス『夜を走る』(22)など、単館系映画やテレビドラマに数多く出演する菜葉菜が、シンガーとしての夢に破れ、故郷に戻ってきた女・早紀を演じている。鎌田監督とは『YUMENO』以来のタッグだ。鎌田監督と同世代になるベテラン俳優の金子清文が、死にたがっている男・章二に。放送中のNHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』や、シニア層を動員している映画『茶飲友達』(公開中)などに出演している若手俳優・佐野弘樹が、シリアス一辺倒になりがちな物語に躍動感を与えている。晩秋の北海道で『タスカー』の撮影は行なわれ、車が海に飛び込む場面は、息を呑む緊迫シーンとなった。

鎌田「かつては石井隆監督の『ヌードの夜』(93)や刑事ドラマ『西部警察』(テレビ朝日系)などで、車が海に飛び込むシーンがありましたが、今は環境問題などで規制が厳しく、日本でロケを許可してくれるところはほぼありません。自治体が許可してくれても、海上保安庁が認めてくれないんです。今回は『モルエラニの霧の中』のロケに協力した室蘭市役所が熱心に動いてくれたおかげで、撮影することができました。市役所全体が『タスカー』を応援してくれたわけではなく、ひとりの職員が映画に理解を示し、企画を通してくれたんです」

 海に飛び込むシーンは危険を伴うため、事前に東京の天王洲運河でテストを行なったそうだ。鎌田監督みずからが海に入り、メインキャストが所属する事務所を納得させている。鎌田監督や市役所の職員ら個人の熱情が、多くのものを突き動かしていった。

 周到な準備の上、室蘭の港で撮影が行なわれた。車が海に沈むシーンは、もちろん一発撮りである。死を意識した3人のキャストのリアルな表情に注目してほしい。