先週のコラムでアナウンス研修を受けたと書きました。先生から頂いたヒントを通訳現場で実践するようになり、体の調子が劇的に改善。今までいかに不自然な声や姿勢で通訳をしてきたかを痛感しています。長年、良かれと思っていた発声法が、実は心身に多大な負担をかけていたのでした。

先生からのアドバイスの一つが「地声」について。私はずっと自分の地声が好きではありませんでした。家族や友人などと話すときの声と、「お仕事における声」を明確に使い分けていたのです。地声は低いのですが、お仕事ボイスはそれよりもオクターブは高く発していました。それが正しいと思っていたのです。

けれども、先生はこうおっしゃいました:

「柴原さんはもう十分年月をかけて通訳の仕事をなさってきたのです。だからご自分の地声で良いと思いますよ。」

この一言に私はハッとさせられたのです。

フリーランス通訳者として仕事をしていると、「ミスをしたら二度と仕事が来なくなる」という恐怖があります。実際、そこまでシビアではないにしても、「仕事を途切れさせる」ということは、収入や生活にも影響が出ることを意味します。よって準備を十分におこない、当日は言いよどみや言い直し、誤訳などがないようにと意識して仕事をしてきました。「聞きやすいメリハリのあるデリバリー」を実現すべく、「高めの発声」を重視していたのでした。

しかし、アナウンス研修後に地声で通訳をするようになると、心身への好影響が顕著になりました。具体的には、

1. 肩・首・肩甲骨の疲労が激減

地声で話す=お腹からしっかり発声。不自然な力が肩や喉にかからなくなり、疲れなくなった。

2. 体への負担が減ったことで、通訳に集中できるようになった

それまでは「ああ、体がツライ」と内心思いながら集中力を維持せねばと通訳していた。しかし、体の負担が減ったことで、通訳内容に意識を向けられるようになった。

3. 訳出の取捨選択をするようになった

私の場合、高い声を出すことで早口通訳ができていた。しかし、地声にすると早口が難しくなる。その分、ゆっくりと落ち着いて「内容自体」を吟味して訳出するよう心掛けられるようになった。

このような感じです。

そしてもう一つ、思いがけない「好転」がありました。人間関係においてです。誰にでも「ちょっと苦手な状況」「あまり得手ではない相手とのコミュニケーション」というのはあると思います。私の場合、そのような環境下に置かれると、声が上ずって早口になっていたのですね。でも地声を意識するようになったところ、とても心が落ち着き、その場でのコミュニケーションがとりやすくなりました。

つまり、こういうことなのです。「作り声」というのは、自分の声のみならず、自分の性格や価値観をも「表面的に作って」しまうのだ、と。ゆえに自分らしさが失われ、苦しくなってしまうのでしょう。

私が尊敬するTBSラジオアナウンサー・遠藤泰子さんは、かつて高い声で話しておられたそうです。しかし、1990年に朝の情報番組「森本毅郎・スタンバイ!」を始めた際、森本さんから「あなたは地声で良いと思う」と言われ、声を変えたとのこと。それが自然体として定着し、泰子さんらしさが出たのでしょうね。番組は昨年12月に放送回数8500回を突破しています。

声というのはメッセージの伝達手段だけではありません。実は話者である当人の心をも整えてくれ、自己肯定感をも高めてくれるのだと感じています。

(2023年2月14日)