さて、最近は死のことばかりを考えている。いつどう死ぬのか。痛みはないほうがいい。死んだらどうなるのか。
しょせん人間は死んでしまえばゴミになる。そうは思っていても、そうでないことを願う自分がいる。
臨死体験というのがある。死ぬ間際までいった人間が、蘇って、お花畑があって、亡くなった母が手招きしていた。
手術中の話し声を聞いていたなどなど。
立花隆も臨死体験を調べて本にまとめている。だがどれも、裏付けを取ることなどできはしない。
自分は戦艦大和の乗組員だったと、小さな子どもが語る。自分はイギリスで育った。前世を語るという話もよくある。
だが、どこかしっくりしない。一番しっくりするのは、立川談志がいっていた言葉だ。
「死後の世界はいいに決まっている。だって、帰ってきたヤツは誰もいねえじゃないか」
現代は、死後の世界についての「新説」が出てきたと報じている。
それは「ホログラフィック宇宙論」というそうだ。人間が住んでいる世界を三次元で捉えるのは間違いで、実際には二次元の世界だと考えるのだそうだ。
平面に印刷された模様があたかも立体に見えるように、
「この理論によれば、全宇宙のあらゆるできごとは二次元の平面に記された情報として表現できる。しかも、その情報は過去と未来にわたって失われず、全てが保存されているといいます」(アメリカの理論物理学者ポール・サター)
この世界は、一本の長い映画のようなもので、フィルムの上に過去、現在、未来のあらゆる出来事が記憶されている。
われわれはその映像を眺めている観客であり、同時に登場人物でもある。そして再生されたフィルムはどこかに大切にしまわれていて、死んでいった人々の記憶も永遠に失われることはない。
なんだか夢のある話ではないか。映画好きの私には、ちょっぴり信じてもいいかなと思わせる話である。
新潮が火をつけた、ワクチン接種を何回も受けるのは危険ではないかという報道に、文春が反論をし、現代がこんな悲惨なケースもあると新潮にのり、今週はポストが参入してきた。
私は5回目の接種をペンディングにしているが、ポストの記事を読んで、ますます打たない方に傾いてきた。
1月20日に、厚労省のワクチン分科会副反応検討部会で公表された資料で、5回目接種後に死亡した22例が発表されたそうだ。
ポストは、4・5回目接種後に死亡した89人のうち、予診票に服用薬が記されていた34人の詳細、これまでワクチン接種後の死亡者2003人のデータを全て確認して、上位10種類の薬を調べたそうだ。
その結果、1位は降圧剤、アムロジピン、アムロジン、ノルバスクで、2位が便秘薬、酸化マグネシウム、マグミット。3位が抗血小板薬、アスピリン、バイアスピリンなどで、意外なことに、糖尿病の治療薬が上位に入っていないというのだ。
私は、若い頃から降圧剤、アムロジピンを飲んでいる。第1位か。どうするかな。