「最近、すごい思うのが、40代以上の人のほうが、わかってると思わたれすぎて『テレビなんか終わりだよ』って言いますよね」(加納)
2通りの解釈があると思う。1つ目は、加納が言った通りの読み。「テレビはオワコン」と言うことで“新しい自分”の人物像と気分を自家発電し、でも実体は当人が自覚するほど新しくない……という年長者のパターンである。2つ目は、“メディアの王様”として君臨した輝かしい頃のテレビを知っているから、今を嘆くニュアンスで「テレビは終わった」と口にしてしまう年長者のパターンだ。
「テレビの華やかな頃を見ちゃってるから、それと比べちゃうんでしょうね」(竹村)
どちらなのだろう? というのも、ここ数年は『あたらしいテレビ』(『新春TV放談』)自体が「若者はあまりテレビを見ない」的なコンセプトを選んでいたはずだからだ。言ってしまうと、かつての同番組は“新しい自分”の雰囲気を自家発電する傾向にあった。良い言い方をすれば今年は前向きになったし、悪い言い方をすればしれっと転向したとも捉えられる。