ーー物語の背景として、響子の出身地である青森県という地方都市特有の閉鎖性が鍵になっていますが、柚月さんも岩手県出身ということで、思い当たるところがあるのでしょうか。

柚月 地方都市の閉鎖性については確かに悩んだことはあります。特に北国では、冬場は家にこもりがちなので、精神的にも内にこもりがちなところはあると思います。親の都合で転勤が多くて、私も小さいときから転校を繰り返してきました。新しい土地に行くと、親も子どももすでにコミュニティが出来上がっている中に、なかなか入っていきにくいということが起こります。その一方で一度、コミュニティに馴染んでしまえば温かいと思えるところもあるので、田舎の良さと嫌なところと、両方経験していますね。

ーー物語の序盤では、死刑囚と拘置所で対話をする「教誨師」の柴原住職がキーパーソンになります。教誨師という仕事についてはかなり関心を持ったのでしょうか。

柚月 そうですね。人の心に向き合う仕事をしている人が、どのようにことばを選んで伝えるのかを知るために、参考文献を読みました。特に死刑囚の気持ちに向き合う方とは、どういう人なのか――私だったら重荷に感じてとても務まらない仕事だと考えながら資料を読んでいました。

ーー響子の視点から見える拘置所の中の様子とか、死刑執行の当時の流れについても、詳細な描写がありますね。

柚月 はい。自分で資料を読んだり、弁護士の方に教えていただいたりしました。

ーー死刑執行に向かう死刑囚が、心の中で執行の直前まで何を考えているのかは、資料を調べても決してわからないことです。それが表現できるのは、まさに小説だけではないかと思います。

柚月 そうですね。刊行するにあたって担当編集者のアドバイスに従って、響子の視点のパートを増やしたのですがなかなか大変でした。死刑に関する資料を読んでも、死と向き合った人がどのような行動を取るかは十人十色です。響子ならどのように向き合うのかと考えるのは、難しい作業でした。

ーー死刑囚の内面を自分に置き換えるというのは、しんどい作業だったでしょうね。

柚月 大変な作業でした。今までも殺人事件について書いてきましたが、今回は女性の私にとっても身近というか、誰もが犯してしまうかもしれない事件という犯人像だったので、自分だったらと考えることが多く、悩みました。

ーー柚月さんが事件に興味を持つのは、そこに人間の本質が表れるからでしょうか。

柚月 本当のこと、つまり目に見える事実ではなく真実が知りたいからだと思います。物的証拠などではなく、どうしてそこに至ったかという動機ですね。私がデビュー当時から追いかけているテーマはそのあたりにあると思っています。

ーー物語の語り手である香純は、一回しか会ったことのない遠縁の響子の身柄引受人になったことから、響子について調べる旅に出ることになります。香純はどうしてそれほどまでに、響子の人生に興味を持ったのでしょうか。

柚月 普通の人は事件とか、世間の耳目を集める出来事とは遠いところで暮らしています。香純も基本的には何事もなく日々過ごしてきたのですが、響子の事件と接点ができたときに若干の好奇心や、踏み込んでみたい、という思いが湧いたのかもしれません。あんなふうになりたくないと思う一方で、自分も何かしらのドラマの主役になりたいという思いは誰もが、持っているものだと思います。

ーー柚月さんは香純と響子、どちらがより自分に近いと思いますか?

柚月 響子のほうですね。響子は孤独な人間です。周りに人がいても自分がひとりだと思う類の孤独って特に、物理的な貧困とか身体の病気よりももっとつらく感じられるときがあると思います。私も幼少時から転校を重ねる中で、よりどころのないつらさを経験したこともあって、それを彼女に重ねる部分もありました。