映画化も大ヒットした『孤狼の血』(角川書店)の作者としても知られ、いま最も注目されるミステリー作家のひとり、柚月裕子さんの新作『教誨』(小学館)が登場。

 主人公の吉沢香純は、ある日、東京拘置所から、ほとんど会ったこともない遠縁の女性である三原響子の身柄引受人になっているので、遺骨と遺品を受け取りに来て欲しいという連絡を受ける。響子は我が子を含む幼児をふたり殺めたとして罪に問われ、死刑が執行されたのだ。執行の間際、響子は「約束は守ったよ、褒めて」と呟いたという。響子はどうしてそのような罪を犯したのか、そして響子が守った約束とはなんだったのか。

 香純は響子を知る人たちを訪ねる旅に出ることになるーー。

ーー実際にあった事件ともリンクしているこの作品ですが、柚月さんの中にはいつからこの小説の構想が出来始めていたのでしょうか。

柚月裕子さん(以下、柚月)私が『臨床真理』(角川書店/2008年)という作品で、「このミステリーがすごい!」大賞を受賞してデビューして間もない頃から、この作品の構想はありました。『孤狼の血』(2015年発売)などを書くよりもずっと前のことです。

ーー本作で題材となる事件は、検事やマスコミによってさまざまに動機が取り沙汰されましたが、本当のところは誰にもわかっていないのでは、という疑問がベースになっています。柚月さんも実際に起こった事件について、そのようなことをよく考えるのですか。

柚月 はい。私はよく作品の中で「事実と真実は違う」というフレーズを使うのですが、今回の作品のモチーフとなった事件でも、一方的な報道で見えてくる犯人像と、別の方向から聞こえてくる情報から浮かぶ犯人像との間に、とても大きな乖離があったんです。ある情報からはネグレクトな母親だったように見えるけれど、別の情報からは子どもを可愛がっていた姿も浮かんでくる。本当はどうなんだろう、ということをずっと思っていました。