◆時空を超越した異能の俳優

 鎌倉から京都へ、古都から古都へ。あっちへこっちへ忙しない印象を与える光彦なのだが、この古都移動は、まるで能の世界を思わせる。「葵上(あおいのうえ)」や「玉鬘(たまかずら)」など、『源氏物語』に題材を求めた能がいくつもある通り。

 能楽師が自由自在に時空を超えるなら、俳優はカットが替われば、一瞬のうちに別の場所へひとっ飛びできる。さっきの和歌を諳(そら)んじる場面では、時を超えて、古の時代を引き寄せるように、光源氏の時代の雅な精神が、画面を包み込むように立ちこめていた。

 あるいは、事件の鍵を握る人物、一恵の両親に駆け落ちされた苦い過去を持つ若尾剛(加藤雅也)に取材のていでコンタクトを取る場面。光彦と若尾が歩く京都の庭園と鎌倉の海が、動かぬ証拠を突き付けるように時空を超えて重なるようだった。

 他の作品でも、たとえば『去年の冬、きみと別れ』(2018年)のクライマックス、復讐を果たした主人公が見せたあの鬼面の表情を思い出してみてもいい。岩田剛典という人自体が、時間と空間を超越した異能の俳優なのである。

◆令和版が素描する美男子

 事件が解決し、ある人物に真相を話す場面、これは待望の瞬間だった。鎌倉に舞台を設定した本作が、ここにきて岩ちゃんをやっと浜辺に降臨させたのだ!

 しかも筆者には馴染みの材木座海岸。沖合に見える和賀江島が干潮ぎみで目前に迫り、東には逗子マリーナがのぞく。この場面でもまた、これが岩田剛典だと言わんばかりの表情。

 海辺の岩田剛典で幕とする本作、やっぱりシリーズ屈指のマスターピースだった。最後は、異能の人にぴったりの、こんなおまけ付き。月夜の海から照り返される光の君、その名も、岩田剛典だったという。令和版・浅見光彦は、永遠の美男子を象徴する光源氏を、この現代にこんなにもさりげなく素描してみせたのだ。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】

音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu