指導の場に身を置くようになってから年月が経ちました。どのようにして受講生たちを見守るべきか日々考えるようになっています。というのも、かつて私自身が通訳者デビュー前に抱いたような悩みや行き詰まりに直面している人たちが少なくないからです。元・経験者としては「こうすれば突破できる」「これが最短メソッド」など、実体験をお話したいなと思うこともあります。

けれども、それらの方法は私がその当時に置かれた環境やライフステージから生まれたものです。万人には当てはまりません。ヒントはお伝えできても、他者が私のコピーではない以上、寄り添い見守る大切さを常に意識するようにしています。

「見守る」ということ。これは容易なようでいて実は難しいと私は考えます。相手の悩みを聞けば、体験済みの自分はその様子が手に取るようにわかります。だから余計アドバイスをしたくなってしまうのです。立ち往生している大切な人を早く助けてあげたいという思いもあります。

しかし、親切心も行き過ぎれば当人にとっては重荷になります。気持ちが弱い状況の者は、プラスのエネルギーを持つ人から元気をもらいたい反面、そのポジティブマインドが本人にとって押しつけとなり、かえって行動しづらくなるかもしれません。

私の好きなコミックに「ちいかわ」があります。ツイッター上で話題になったものです。その中の「草むしり検定」で私は多くのことを考えさせられました。

このエピソードに出てくるのは「ハチワレ」と「ちいかわ」という友達同士。ちいかわは報酬アップを目指して草むしり検定5級に合格するため、勉強を始めました。それを知ったハチワレも、「一緒に合格して二人で報酬を上げよう」と考え、ちいかわには内緒で勉強を開始します(ちなみに本作でセリフがあるのはハチワレだけで、ちいかわの心境はハチワレがそのセリフの中で代弁しています)。

ところが合格発表時、受かったのはハチワレだけ。しかもハチワレ本人は、不明個所を適当に答えた末での、いわばまぐれ合格。それに対し、猛勉強したちいかわは不合格でした。会場からの帰路、ハチワレはちいかわに「・・・だ・・・」と語り掛けます。「大丈夫、次に頑張ろう」と励ますつもりでした。しかし、結局声をかけることができなかったハチワレは言葉を呑み込み、ちいかわの隣を歩くしかできませんでした。

帰宅後のハチワレは食事をとろうとするも、胸が詰まり食べきることができません。「同じ気持ちじゃないとき・・・どうしたらいいんだろう・・・」とつぶやいて床につきます。

翌朝、ちいかわがハチワレの家にやってきました。ハチワレに合格祝いのプレゼントを持ってきたのです。感激したハチワレは、自分だけが合格して、大切なちいかわが不合格だったことが頭にあるだけに、戸惑いながらもお礼を言います。そして、しばらく言いよどんでから、「・・・ご・・・」と言いかけます。おそらく「ごめんね、自分だけ合格しちゃって」と内心言いたかったのでしょう。

するとちいかわは、5級テキストをハチワレに渡します。次の合格に向けてハチワレに「ここから出題して特訓してほしい」という思いでした。ハチワレは快諾します。ちいかわの思いを汲んだハチワレは、涙ぐみつつもその表情を悟られないようにテキストで隠し、出題をしていきます。結局それからしばらく後にちいかわは再受験しますが、またもや不合格。それでもハチワレは「何回でも・・・ずっと応援するからね!!」と伝えます。

あらすじはこのような感じです。

私がなぜこのエピソードに心を打たれたか。それは悩める相手に不要な助言もしなければ自分の苦労話もせず、さりとておごることもなく、うわべだけの激励などもしないハチワレの姿が印象的だったからです。つまり、苦しむ相手に対して言葉数を増やすのではなく、むしろそれを控える。ただただ寄り添う。それが当人を勇気づけることにつながる、というのが私の読後感でした。

指導というのは知識の伝授ももちろん大事ですが、それ以上に寄り添い、見守り、相手をただただ信じることなのだと思います。ちいかわの世界からそのことを教えられたエピソードでした。

(参考文献:「ちいかわ2」ナガノ作、講談社、2021年)

(2022年11月22日)