獣医師さんのひとくちコラム 「中間宿主と待機宿主」の話
(画像=『犬・猫のポータルサイトPEPPY(ペピイ)』より引用)

「食物連鎖」という言葉を聞かれたことはおありだろう。概念的には「食物網」に置き換わりつつあるようだが、下位のものを上位のものが捕食する、それをさらにその上位のものが捕食するという生態ピラミッドの話だ。そんな自然界の構図の中で、実際に下位のものとてやすやすと捕食されるわけではない。最後の力を振り絞って危機脱出を試みる。

もちろんうまく逃げおおせる事も多いだろう。とすれば、捕食されるのは下位の動物の中でも特に弱いものということになる。幼弱なもの、足を痛めて速く走ることのできないもの、病気になって元気の無いものなどなど、捕食される側で病気になることはそのまま死を意味するのかもしれない。

この連鎖にうまく乗っかり、種族を上手に保存・繁栄させる仕組みを進化させてきた生き物もいる。線虫類や条虫類などの寄生虫たちなのだ。

ここで、専門用語を少し解説しておこう。寄生虫が寄生する相手のことを宿主(しゅくしゅ)と呼び、最終的に成虫が寄生し虫卵を排泄する宿主のことを終宿主(しゅうしゅくしゅ)、必ず経由しなければならない幼虫の住み着く相手を中間宿主(ちゅうかんしゅくしゅ)、必ずしも経由する必要は無いが幼虫が住み着くことのできる相手を待機宿主(たいきしゅくしゅ)と呼んでいる。なかなかこれだけの説明ではピンと来ていただくことはできないかもしれない。個々の寄生虫を例にとり話を進めよう。

犬の寄生虫の代表といえば、回虫かもしれない。犬回虫卵は感染犬の糞便に排泄され、糞便を通じて、また感染犬の身づくろいによって被毛に付着し接触によって、未感染動物の口に入る。終宿主である犬の口に入った虫卵は幼虫となり体中の組織内を移行し、最終的に小腸内で成熟し、成虫となって虫卵を排泄するようになる。

しかし、終宿主側も寄生虫の為すがままで済ませはしない。免疫を高め、移行中の幼虫が成熟できぬよう抵抗力を発揮する。そして、小腸内で成熟した成虫も寿命を迎え、最終的には、休眠した幼虫だけを持つ犬となる。その犬が妊娠・分娩へと進めば、休眠していた幼虫は免疫の及ばない胎児や乳汁中へと移行する。その子犬は、生まれながらに、または授乳時に回虫の幼虫を持つこととなり、幼犬になった頃には、小腸に大量の回虫成虫が寄生し、莫大な量の回虫卵を排泄し始めるのだ。

獣医師さんのひとくちコラム 「中間宿主と待機宿主」の話
(画像=『犬・猫のポータルサイトPEPPY(ペピイ)』より引用)

このように、犬回虫は水平にも垂直にも感染を拡大する手立てを講じてはいるものの、終宿主と寄生虫の関係という意味では、お互いに相手を滅ぼさぬようほどほどの痛め付けあいの関係=痛み分け状態が保たれることになる。犬回虫卵が終宿主以外の動物の口に入った場合はどうだろうか。例えばネズミが回虫卵を含む犬のウンチをかじった場合、異なる動物種ということで感染が成立しない場合もある。
しかし、上手に寄生に成功すれば幼虫となり、体内移行を始めるのだ。

ところが、ネズミの体内では成熟できる環境がどこにも無く、延々と幼虫のまま体内移行を続けることになる。この犬回虫の幼虫をもつネズミが犬に捕食されればどうなるか。幼虫は犬の体内を移行し、小腸で成熟して回虫卵を排泄することになる。この場合のネズミの立場を待機宿主というのだ。

回虫側の都合で言えば、この待機宿主のネズミの体調が崩れ、容易に犬に捕食されてくれれば子孫を増やすことに成功するわけで、体内移行によってネズミの体調を崩すことができれば大成功、ほどほどの痛めつけあいの理屈はいらない。待機宿主が滅びてこそわが身が浮かばれるという状況にある。わき道にそれてしまった寄生虫の捨て身戦略がそこにはある。