前回に引き続き、こなれた訳文にする上で翻訳者がぶつかるジレンマをどう克服すればいいかについて、既刊訳書から実例を挙げて考えてみます。
例題7は心理学書からの抜粋です。私たち人間は大別して「自分のことをOKと思っている人」と「自分のことをOKと思っていない人」の2種類に分けられるのですが、次の英文は「自分のことをOKと思っていない人」のことが説明されています。それを念頭に次の英文を読みやすく訳してみましょう。
例題7 A person dominated by the NOT OK ‘reads into’ comments that which is not there: ‘Where did you get the steak?’ ‘What’s wrong the them?’ : ‘Pass the potatoes, dear’ ‘And you call me fat’.
ここで工夫が必要な箇所は2つあります。1つはcomments that which is not thereです。どう訳せばスッと頭に入ってくる訳になるでしょうか。もう1つは、2人の会話‘Pass the potatoes, dear’ ‘And you call me fat’.の部分です。2人目の台詞をどう訳せばわかりやすくなるでしょうか。
ある翻訳者の例を見てみましょう。
ある翻訳者の訳 「OKでない」立場に支配されている人は、意見を聞いた時そこにいわれていないようなことの意味も解釈してしまう。「このステーキはどこで買ったんだい?」「それのどこが悪いんですか」とか「ジャガイモをこっちにまわして」「私をでぶだっていいたいんでしょ?」というやりとりはこのよい例である。
この翻訳者は ‘reads into’ comments that which is not there の箇所を「意見を聞いた時そこにいわれていないようなことの意味も解釈してしまう」と訳しています。たしかにcomments that which is not thereは「そこにいわれていないようなこと」ですが、日本語としては少し不自然ですね。
ではどう訳せば自然な日本語になるでしょうか。直訳すると不自然になるようならイメージを思い浮かべてみましょう。ここでは自分の人生で「自分のことをOKと思っていない人」に関わったときのことを思い出してみましょう。ニュートラルなメッセージを伝えただけなのに意図していないメッセージを読み取られてしまったという経験はないでしょうか。私にはあります。そこでそのときのことを思い浮かべながらそのまま表現してみました。
またこの翻訳者は2人の会話‘Pass the potatoes, dear’ ‘And you call me fat’.の部分を「ジャガイモをこっちにまわして」「私をでぶだっていいたいんでしょ?」と訳しています。たしかにそのまま訳せばこうなりますが、これではなぜ2人目の人が「私をでぶだっていいたいんでしょ?」といったのかがわかりにくいかもしれませんね。そこで私は少し言葉を足して「私がデブだから食べるなって言いたいんでしょ?」と訳してみました。
宮崎訳 「OKではない」という感情に支配されている人は、意図されていない内容までも読み取る。例えば「どこでこのステーキを買ったの?」と訊かれて「何がいけないの?」と答えたり、「じゃがいも、こっちに回してくれる?」と言われて「私がデブだから食べるなって言いたいんでしょ?」と答えたりするのがそのよい例である。