獣のようにお互いを求め合った
どこへ行ってどうやって生活するかは考えられなかった。ただ、トモミさんと一緒になりたい、一緒にいたい。ある晩、電話で話した。
「どこかに逃げよう。そう言ったら彼女は涙声で『わかった』と。3日後の深夜2時、僕は車で彼女の家の近くに迎えにいくことにしました。そして当日、寝ている妻や娘の顔を見てからそうっと家を抜け出し、待ち合わせの場所へ行ったんです。
彼女は大きなバッグを持って立っていました。車に乗せてすぐ出発。自分の住む県を抜け出したとき、ふたりとも大きく息をついて……。思わず顔を見合わせました」
緊張感が急にほどけたのだろう。その後はとにかく西へ西へと車を走らせた。ふたりとも携帯電話は切ったまま。夜が明けても彼は運転し続けた。
「一気に関西方面まで走って、ようやく高速を降り、食事をしました。その後、とりあえず今日はどこかで一泊しようと温泉地を目指したんです。その夜はやっとふたりきりで別世界に来たうれしさがあって、獣のようにお互いを求め合った」
翌朝、消えた彼女
朝方近くになって眠りについたトシアキさんが目を覚ましたのは昼近く。隣を見るとトモミさんはいなかった。テーブルの上に「ごめんなさい」と一言書かれたメモが残っていた。
「彼女は帰ってしまったんです。今になると、駆け落ちなんてしても先が見えない。それになにより彼女は“母親”だったんでしょう」
トシアキさんはその日、会社を休むと連絡してあったので仕事上は問題なかった。だが家はどうなっているのか、妻はどう思っているのかが怖くて、なかなか携帯電話のスイッチを入れられなかったという。
「さすがに妻から留守電やメッセージが鬼のように入っていました。聞く気になれず、電話をかけました。すると第一声が『無事なの? ほんと? ケガしてない? ああ、よかった』と。チナツが泣き崩れ、娘や母の声も聞こえました。そのとき初めて、申し訳ないことをしたと思ったんです。オレ、なんてことをしてしまったんだろうと。
ふと気まぐれで運転して遠くまで来てしまっただけ、すぐ帰ると言うしかありませんでした。電話を切るとき、『チナツ、本当にごめん』と言うと、『いいわよ、とにかく早く帰ってきて』って」
トモミさんの身も気になったが、連絡をとっていいものかどうかわからず、トシアキさんはそのまま運転して夜、ようやく自宅に到着した。連日の運転で疲れ切っていたのは妻の目にも明らかだったのだろう。とにかく寝てと言われ、軽く食事をしてぐっすりと眠った。