ある日突然「母が自殺未遂をした」と連絡が届く衝撃的なシーンから始まる漫画『700日間の絶望トンネル』(はちみつコミックエッセイ/オーバーラップ刊)。作者はコミックエッセイストのまりげさんで、普段は京都での移住生活や家族との楽しい出来事を題材にした作品が人気です。

『700日間の絶望トンネル』
『700日間の絶望トンネル』では、「生きることがイヤになった」と言うお母さんと向き合い共に生活することを決めたまりげさんと家族の700日間が描かれています。

病気と戦う当事者の苦しみに加え、当事者に向き合う家族の悩みがリアルに綴られた本作。

作者のまりげさんにお話を聞き、「何度も共倒れをしかかった」というお母さんとの生活や家族との関係について取材しました。

『700日間の絶望トンネル』
『700日間の絶望トンネル』©まりげ/オーバーラップ(以下同じ)

『700日間の絶望トンネル』
『700日間の絶望トンネル』
『700日間の絶望トンネル』
『700日間の絶望トンネル』
『700日間の絶望トンネル』
『700日間の絶望トンネル』
◆母は楽しくやっていると思っていました

――漫画の中でお母さんは医師から「双極性(そうきょくせい)障害」と診断されていますが、以前から予兆などはあったのでしょうか。

まりげさん(以下、まりげ)「母はもともと元気な人で、長年続けていた仕事を60代で退職しました。なので『これで、お母さんも自由に老後を楽しめるなぁ』と安心していたんです。私も結婚や出産でバタバタしていたので、頻繁に会うことはできなかったものの連絡はとっていたので楽しくやっていると思っていました。

自殺未遂をする1週間前も母とやりとりをしていて、牡蠣を送っていたのですが『おいしかったよ~』『ありがとう(^^)』という元気な返事をもらっていました」

『700日間の絶望トンネル』
――これといった予兆はなかったんですね。

まりげ「双極性障害の特徴的な症状に気分の上がり下がりがあるのですが、いつも母が私に連絡をくれるときは活動的な“躁(そう)状態”だったこともあり、普段の様子で気づくことができなかったんです。

特に母は他人に迷惑をかけることを嫌がる性格なので、不調を感じていても3人の子どもを育てている私に迷惑をかけてはいけない、悟られてはいけないとひた隠しにしていた部分も大きかったように思います」

◆「食べるのも面倒」「生きるのも面倒くさい」

――お母さんが病気になるきっかけはあったのでしょうか。

まりげ「母は退職後に『未破裂脳動脈瘤(みはれつのうどうみゃくりゅう)』という脳の病気が見つかりました。それで7時間の大手術をして、脳動脈瘤の治療をしたんです。手術はうまくいったのですが、そこから将来や健康への不安がどんどん膨らんでいったみたいです。

食欲もなくなり、好きだった読書も辛くなり、『食べるのも面倒』『生きるのも面倒くさい』と言うようになってしまいました。それから1ヶ月で10キロ体重が落ちてしまい、それを見た母の姉妹が慌てて母を病院に連れて行き『うつ病』と診断されました」

――病気をきっかけに心にも不調をきたしてしまったんですね。

まりげ「うつ病と診断されたことで、このままでは他人に迷惑をかけてしまうという思いがますます強くなってしまい、『人に迷惑をかけるんだったら死んだ方が良い』という気持ちに行き着いたんじゃないかと思います」

◆「母はまだ生きている」という事実はそこにあった

――お母さんが自殺未遂をしたと聞いたとき、どのようなお気持ちでしたでしょうか。

まりげ「連絡を受けたときは青天の霹靂で『お母さん自殺しようとしたんだ』という兄からの言葉がガーンと頭に入ってきて狼狽(ろうばい)しましたし嘘だと思いました。少し落ち着いてからは『どうして私に相談してくれなかったのか?』『母にとって私が存在する意味とは?』と考えるようになり自分の無力さに落ち込みました。

自分にとって大切な人が自殺未遂をするということは、ものすごく大きな傷を心に負います」

『700日間の絶望トンネル』
――どう気持ちを整理していいのかわからなくなりそうです。

まりげ「はい。ただ『なぜ母がそんなことをしたのか』は何もわからなかったけど、『母はまだ生きている』という事実はそこにありました。亡くなっていたら何もすることができないけど、母はまだ生きている。だから母が同じ決断をしないように自分ができることをしようと気持ちを切り替えました」

近日後編の中編では、その後お母さんと同居を始めたことで、まりげさん自身に起きた変化について聞いていきます。

【まりげ】

コミックエッセイスト。2020年ライブドアブログ新人賞受賞。築100年の古民家をリノベーションして3兄弟と漁師の夫と暮らしている。Instagram:@marige333、Twitter:@marige333

【心の病気についての相談窓口があります】

精神保健福祉センター:精神保健福祉法によって、各都道府県に設置することが定められている機関。心の健康相談から精神医療に係わる相談、社会復帰相談をはじめアルコール、薬物、思春期、痴呆等の特定の相談も行っている。

<漫画/まりげ 取材・文/瀧戸詠未>

【瀧戸詠未】

大手教育系会社、出版社勤務を経てフリーライターに。教育系・エンタメ系の記事を中心に取材記事を執筆。Twitter:@YlujuzJvzsLUwkB