通訳の仕事というのは、依頼時点で「準備開始」のゴングが鳴り響きます。業務日が1年先であれ、急な依頼で「今日の午後」のようなケースであれ、とにかく連絡を受けてお引き受けした段階から精一杯の備えをするのがこの業界の特徴なのですね。
かなり余裕をもって事前にスライド資料や当日の読み原稿など頂けると、実にありがたいもの。なぜなら、あらかじめそれらにしっかりと目を通し、単語リストを作成し、登壇者の動画や論文、書籍などに触れておくことができるからです。そして当日、それまでの準備が功を奏して最高の通訳アウトプットができ、お客様にも喜ばれて感謝される。これほど通訳者冥利に尽きることはありません。
上記が理想の姿です。で、最近は?
世の中の動きがスピードアップしたからなのか、価値観が変わってきたからなのか、「あらかじめすべての資料を頂けるケース」ばかりとは限らなくなってきました。今や登壇者ご本人がスライドを作り、ギリギリまで手直しできる時代。ゆえに当日になっても資料ゼロということが少なくないのです。
業務依頼時点で「資料無し」と言われた場合は、それでもあらゆる手段を尽くして当日までできる限りの準備をします。「○○先生の△△トピックであれば、ネットや動画サイトにあるわよね。ならばそれをしっかり見ておこう」という具合。そのようにして山掛けをします。
が、いざ、当日フタを開けてみると、開始数分前に資料がどっさり届くことも。私の場合、自分なりに山掛けしていた内容を頭の中で反芻しようとするも、目の前に届けられた資料の山に内心パニック状態となります。そうなると、本番でも「焦っている自分」にますます緊張してしまい、いつもなら出てくる訳語にも詰まってしまうことがあるのです。悪循環です。
そのような経験は鮮明に覚えています。「お客様に迷惑をかけてはいけない」と焦れば焦るほど、「トンチンカンな訳をしているのでは?」との恐怖感に見舞われました。ちなみにそれは「日→英」同時通訳でした。
それでも何とかプログラムを終えるも、その日はホッと一息つく間もなく、同時通訳の後は別件のビジネス通訳がありました。こちらは逐次通訳です。開始前に心の中で思ったのは、「先ほどの日英同通がボロボロだったからなあ。逐次の日英もひどかったらどうしよう?」という不安感でした。