10月5日にノーベル化学賞発表が某民放で中継され、その同時通訳をする機会を頂きました。毎年この時期はノーベル賞シーズンで、これまで私は生理学医学賞、物理学賞や平和賞などの通訳を仰せつかったことがあります。化学賞は2年ぶりです。世界のビッグニュースの同時通訳はとても光栄なことであり、私自身、歴史の瞬間に立ち会わせていただけることを大変幸せに思います。そしてそれを上回るほどのプレッシャーと緊張をいつも感じます。

実は「超」が付くほどの「文系人間」である私は、理系科目がとにかくニガテ。高校入学後は理科が全般的にわからなくなり、高1の時点で「ああ、早く高2になって文系選択して理科からおさらばしたい」と切望したほどでした。

ところがいざ、通訳者になってみると多いのですね、理系トピックが。デビュー当時に頂いたのが化学展示会、ウィスキーやビールのセミナーなど、いずれも理科知識があれば良かったなと思われるものばかり。大学時代に専攻した都市社会学が通訳案件として依頼されたことは、まずありませんでした。

というわけで今回の化学賞。とにかく勉強するしかありません。「何からやろう?」「私、化学苦手だし」などと言って逡巡していたら、あっという間に当日になってしまいます。そのような際には「悩むより行動」あるのみ。まずはネットで2022年の候補者予想(ありがたいことに理系サイトで発見)を探し、動画サイトで2021年発表当日のビデオもチェック。こちらは「発表時の英語シナリオ」(記者会見なので、記者たちへの挨拶や決まり文句など多数)を英語からスクリプト起こし(いわゆるディクテーション)をして、その日本語訳を作りました。一方、動画を観ながら「化学賞の場合、会場前方に横長の机が設置。真ん中に発表者、その左右に解説者であるノーベル化学賞委員会メンバーが着席」というパターンを確認。さらに発表時には机後ろの巨大スクリーンに受賞者名と授賞理由が書かれたスライドが投影されることもわかりました。

化学賞の場合、有機化学、無機化学など多数の細かい分野があります。過去の受賞結果をサイトで確認し、どのテーマがいつ受賞されたのかも調べました。また、件の化学サイトによれば、過去数年間の解説者を見るだけで「2022年はおそらくこの委員が具体的説明をするのでは?」「よって、今年の授賞分野は○○××」と予測できるのだそうです。これでだいぶ「今年の受賞者」の絞り込みができますよね。と同時に、コロナ関連の受賞も大いにありうることから、私の方でもだいぶ焦点をあてた予習ができました。

なお、人名や分野などについてはいちいち自力で訳す時間がありませんので、こういうときは自動翻訳サイトのお世話になります。かつて私は「通訳者たるもの、準備段階で『自力で』翻訳するのも仕事のうち。それこそが自分の英語力アップにつながるのだ!!」と意気込んでいました。が、何しろ準備時間には限度があります。通訳仲間に教えてもらった自動翻訳サイトをいざ使い始めたら、その精度の良さに驚愕。ただ、抜けや重複、こまかい誤訳もあるので、見直しは欠かせません。翻訳は機械に任せ、その分、チェックを念入りにできるようになったのは私にとって助かるものでした。