授業をしていてよくお受けする学習質問ナンバーワン(ランキングがそもそもあれば、の話ですが)は、ズバリ次の問いです:

「どのようにしたら単語や構文を覚えられますか?」

・・・うーん、絶対的正解があるなら、私の方が知りたいぐらいです。それぐらい、ことばというものには単語が無数にあり、構文なども複雑怪奇なもの(?)を含めればたくさんたくさんあるからです。

そこで私の答え:

「単語に関しては忘れてしまっても構いません。思い出せないなら、また調べれば良いのです。構文に関しては、こと日→英通訳の場合、『中学レベルの単純な構文』で乗り切ってOKです。」

このようにお伝えすると、みなさん内心「え?」と思っておられるのがわかります。なぜなら私たちは中学高校大学受験にいたるまで、単語はとにかく暗記すべきというスタンスで勉強してきたからです。いえ、大学に入ってからも、社会人になっても、各種英語試験があります。となると、「覚えなくては」という衝動にかられます。

一方、「中学レベルの構文」には理由があります。ひねった、あるいは、こなれた英語構文を日英通訳で作ろうとするも、構造がうろ覚えであったり、頭の中でワケがわからなくなったり、となると確実に自滅します。「ああ、文章が組み立てられなかった。変な日英になっちゃった」という思いは心を蝕みます。集中力は途切れ、失敗への恥ずかしさが尾を引きます。「聴衆の中に英語大好きパーソンがいたらどうしよう?チェック入れられたら??」などと思うものなら、なおさらパフォーマンスに影響を及ぼしてしまうのです。

だったら!(と書くと某鉄道会社のアプリCMのようですが)自分が確実に覚えている単純な構文、つまり、中学で習ったような文章を絶対にミスせずに組み立て、複数の英文をつなぎ合わせて訳した方が立派なパフォーマンスにつながります。ミスをしなかったということは、大いなる自信を与えてくれるのです。

というわけで、「英単語忘却大歓迎、本番では中学英語ウェルカム」にすれば、気持ちに余裕が出ます。

でも、私の場合、こうした「達観」が日常生活の他分野で応用できているかと問われれば、正反対です。自分の不得意分野となればなおさら。「こうせねばいけないのでは?」「理想は○○のはず」と、ネットや書籍で仕入れたパーフェクトビジョンを自分に課し、落ち込んだりしてしまうのです。

たとえばダイエット。「ああ、今日も食べ過ぎてしまった。どうしよう?」と思ったり、購入時にはパッケージをひっくり返してカロリーを凝視したり。スマートフォンの歩数計をチェックしては「ああ、今日はまだ527歩しか歩いてない・・・」という具合。

あるいは貯蓄。「最近新聞ではNISAについてよく出ているけど、そろそろやった方が良いかな?」と思って調べてみるも、数字や難解な財テク用語に見舞われて頭を抱えてしまいます。「私ぐらいの年齢になったら、みんな老後のこと、考えているのかな?」と不安になったり。

つまり、こういうことなのです。自分の得意分野なら人はいくらでもゆったり構えられます。失敗しても軌道修正すればOK。行き詰っても別の方法を考えれば良いと考え、自分に「逃げ道」を許しています。けれども、不得手カテゴリーになると、「せねば」強迫観念を自分に当てはめようとしてしまうのですよね。

得意でないことに対して、そうした「きちんと感」礼賛態度を改め、むしろ手放して生きていった方が、かえってうまく行くように思います。

(2022年9月13日)