【プロフィール】
森田由美 Yumi Morita

多くのクライアントから非常に高い評価を受け、テンナインとのお付き合いも10年以上となる英日翻訳家の森田さん。ここ数年は、字幕翻訳案件を中心にご依頼していますが、森田さんは独学で字幕翻訳を習得されたそうです。字幕翻訳の秘訣と、最近の字幕翻訳案件の動向について翻訳部の松本と木村がオンラインでお話を伺いました。

字幕翻訳の極意②
(画像=『HiCareer』より引用)

【インタビュー記事Part2】(※>Part1はこちら)
松本:森田さんはこれまでどのような種類の産業字幕翻訳のご経験がございますか? そのなかで変わったものはありましたか?

森田:多いのはウェビナーやセミナーです。あとは外資系企業のイントラネットで使うと思われる、役員に向けて戦略などを説明する経営者メッセージです。他には新商品の発表会とか、著名人のスピーチですね。これはYouTubeなどで広く流れるような、一般的に誰もが知っているような方のスピーチです。それからアニメ版のCMみたいなもの。これはエンタメの翻訳ですね。登場人物が出てきて、彼らがお喋りするようなものです。

松本:なるほど。そのなかで特に難しかったものや、記憶に残っているものはありますか?

森田:一番悩んだものは、とても有名な方のスピーチです。私が引き受けた時には既にテレビや新聞、ネットでも訳が何種類も出回ってしまっている状態でした。どうしたらいいんだろうと…。調べてみると、同じ動画に対して5種類くらい既に出回っていました。参考にするけれど完全にコピーしてもいけないし、既に出ているもののなかには正しくない翻訳もありましたので、どれとも被らないようにしながら正しく訳すというのが大変でした。

被ってしまうといけないので、他人のものと完全に被らないように、出回っているものをとりあえず全部チェックしたんです。著作権もあるし、最初に訳された人がいる場合は、その文章の著作権はその方にあるんだろうなと思って。確認しだしたら種類が多いので、きりがなくなってしまいました。動画自体は2~3分だったんですけど、訳し始めるまでに物凄く時間がかかった記憶がありますね。

字幕翻訳の極意②
(画像=『HiCareer』より引用)

一番記憶に残っているのはそれです。今その動画は、誰もが見られるようになっているので、色んな方に知っていただけて、ちょっと嬉しいですね。誰にも言えないけれど、「これ私がやったんだよ」と内心思っています。

松本:面白いですね。やはり動画ってメディアツールとしてすごく強力ですよね。動画は映像と言葉をミックスさせるということで、何かを伝えるというパワーが本当にすごいなと思います。

森田:そうですね。広がり方が全然違います。翻訳者の成果物って、翻訳者自身もほとんど見ないんです。社内で使うものだと、最終的にどうなったのかは私たちには全く分からない。でも動画であれば、場合によっては自分でも見られるし、SNSで拡散されて、すごい再生回数とかになっていたりすると嬉しいですね。

松本:会話の内容がすごく現代っぽいです(笑)。

森田:でもそうなんですよ。時代によってどんどん変わっていくというか、翻訳するものが紙の上に書いてある文字だけではなくなってきていると感じます。最近は字幕も増えていますけど、音声でというのもあって、字幕ではなく声を付けたい、ボイスオーバーにしたいというケースとか。近頃はAIスピーカーとか家電が喋ったりするじゃないですか。色んなものに音声チャット機能がついていて、喋るセリフを訳してほしいとか、まだまだ翻訳の裾野って広いんだなって感じます。

木村:ここからさらにメタバースとか仮想現実とかって需要ありそうですね。

森田:あると思います。通訳もあるかもしれない。そう思うとすごく楽しみです。だから、字幕は初めてだから出来ないとか思っている場合ではないですよね。

字幕翻訳の極意②
(画像=『HiCareer』より引用)

松本:産業字幕翻訳で注意すること、コツや気にかけていらっしゃるところは何でしょうか?

森田:やはり全部は訳せないということですかね。一番伝えたいことは何かを読み取って、それを核にして、その周りに情報を足せるだけ足すというのが良いんじゃないかなと意識しています。

普通に英文和訳する感覚で訳してしまうと、どんどん文字数が溢れていってしまう。それは絶対にやってはいけなくて、訳す前にセリフを聞いて、こういうことが言いたいんだなということを、自分の中で定義して、それを短い言葉で言い直すのが良いのかなと。字数制限はないけど短めに訳してくださいというオーダーがあるときは、お客様にとっての「短め」が何を指すのかを考えてから訳す。私が思う「短め」をやってはダメということですね。それはすごく大切にしています。

松本:なるほど。以前、医療機器のトレーニング動画の字幕依頼をいただいたのですが、動画の最初のセリフが、「この動画では、〇〇(商品名)の説明を行います」という感じで、その商品名がすごく長かったので、それ見たときに、これはどう訳すんだろうなと思いました。ハコ割りも結構短いので、どこをカットするんだろうと思った記憶があります。

森田:商品名が何回も出てくる場合は、毎回繰り返さなくてもいいですよね。

松本:そうですね。これはトレーニング動画というのを分かって視聴者は見るので、工夫の仕方はあるように感じました。そこは思い切ってバサッと切って、本当に重要なところだけを残して。たまに森田さんにもしていただくように、「ここはこういう風に切りましたので」という申し送りを頂いて、そういったコミュニケーションを取りながらつくっていくものですよね。

森田:申し送りはすることを強く推奨します。直訳出来ないところとか、かなり意訳しないといけない部分もあるので、「直訳するとこうです」というのを入れておきます。あとはキャッチフレーズとかタイトルなど直訳しても意味を成さないものは、何種類か提案することもあります。「一番直訳に近いのはこれですが、日本の視聴者にはこっちの方が私は良いと思いますので、選んでください」という。それを全部やると大変ですけど、大事なところだけとか。

やはり悩むの文字数の問題です。字数制限があれば、もちろん制限内に収めようとします。けれど字数制限はない、でも極力短めに訳さないといけないという依頼は逆に苦労します。

松本:「出来る限り短めの訳文」というのは「極端に長い訳文でなければOK」という認識でいいと思います。産業字幕の場合は、映画とかドラマのように一般の方々が見るのでなく、その業界や分野に詳しい方々が見るので、1を聞いて10を知るじゃないですけど、許容範囲がすごく広いように感じます。だから、字幕の短さはそこまで求めていないんだろうと思います。先程森田さんもおっしゃられたように、どちらかというとあまり端折らないで情報をちゃんと正しく載せてほしいというような。そういったところが、産業翻訳字幕では重要に感じます。

あとはシンポジウムやウェビナーなどは、スピーカーがカメラに向かって話しかけている画面がほとんどで、画面の入れ替わりが少ないので、字数が多くても問題ないように感じますね。

森田:そうですね。

松本:その他に字幕翻訳で苦労されていることはありますか?

森田:やはり常に文字数との戦いです。長い文章は2つに分けるとか、1つの文章でも20文字は超えない程度に収めて、且つ団子が均等にできるように。団子って分かります?

松本・木村:団子!?どういうことですか?

森田:訳したときに、例えば「私は / 3月3日にロンドンで開かれた会議に参加しました」みたいな文章だと、前がすごく短くて後ろが長いんですよ。そうすると上手く入らないんです。字幕って2行にするので、バランスが悪い場合、要素を前に移動させるんですよ。「3月3日にロンドンで」が前半で、「開かれた会議に出ました」を後半にすると、10文字10文字で、動画に載ったときにピタッと2行になるんです。そういうことを考えるようになりましたね。

松本:なるほど。聞いていてすごく納得できます。もし文字数でどうしても煮詰まってしまった場合、どのように打開されるのですか?例えば字数制限がある案件だったとして、あと2文字どうしても減らしたいときとか。

森田:2文字は許容範囲だと思って…(笑)

松本:確かに。おっしゃる通りです(笑)