自宅からの交通費を会社側が負担してくれる通勤手当。厚生労働省『令和2年就労条件総合調査の概況』によると、通勤手当を支給する企業の割合は92.3%。ほとんどの労働者が受給していますが、なかには少しでも多くの手当てを得ようと経路や自宅の場所を虚偽申告する者もいるようです。
しかし、これは詐欺罪や業務上横領罪に問われる可能性がある違法行為。でも、実際には自己申告に任せている企業も多く、不正が横行しているなんて話も聞きます。
ウェブサービス会社に勤める佐野成美さん(仮名・30歳)は、以前勤めていた同業他社で同僚から不正受給の衝撃告白を聞かされたことがあるといいます。
遠方の実家から通勤していることにして申請
「その方は2歳年上の女性社員S子さん。フロアが違うので接点はそれほどなかったのですが、お世話になっていた部署の先輩に誘われた飲み会に来ていました。話し好きでノリも良かったので印象はそれほど悪くなかったんですけど、お酒のピッチが早くて途中から明らかに酔っているのがわかりました。
すると、たまたま話題が最寄り駅の話になり、そこからS子さんが通勤手当の不正受給について急に話し始めたんです」
聞くところによれば、彼女は会社には埼玉県内にある実家住まいと偽って申告。ところが、実際には都内のワンルームマンションで一人暮らししていたというのです。
当時勤めていた会社は住宅手当がなく、一方で通勤手当に関しては自己申告。しかも、領収書や定期券のコピーの提出は不要だったらしく、その気になれば彼女のように不正受給がいくらでも可能だったようです。
「アルコールのせいで舌が滑(なめ)らかになっていたのでしょうけど、『月に1万円以上は余分にもらえるの』って。私たちは適当にあいづちを打ってましたが、嬉しそうに話す姿に内心ドン引きしてました」
成美さんはS子さんの実家と自宅マンションの最寄り駅を今でも覚えており、それをもとに会社までの定期券代を試しに現在の運賃で計算してみました。
すると、6か月定期で実家最寄り駅までが14万1440円なのに対し、自宅最寄り駅が5万6910円。1か月あたり1万4088円になり、平均月収23万6200円の20代後半女性(※厚生労働省『令和3年賃金構造基本統計調査の概況』より)にとってはあまりに大きすぎる金額です。
同僚の忠告にもまったく聞く耳を持たず
「『みんなもやってみなよ!』って言ってましたけど、これって立派な業務上横領じゃないですか。もちろん、私だってお給料は1円でも多く頂きたいですよ。だからといって犯罪に手を染めてまで欲しいとは思いません。
ほかの先輩が『横領になっちゃうからやめなよ』とたしなめましたが、『大丈夫だよ。やってるの私だけじゃないから』って不正受給している社員がほかにもいることを明かしたんです。それが誰なのか口を割ることはありませんでしたが、思った以上に根深い問題だと感じました」
ただし、この件を会社に告発することはしませんでした。あくまで酔いにまかせて口走ったことに過ぎず、独白を裏付ける証拠を持っていなかったこと、さらにS子さんの口ぶりから彼女より年上の社員に共犯者のいる可能性が高かったからです。
「後で先輩たちとも話しましたが揉み消される可能性もあるし、そうなれば今度は自分たちの立場が危なくなるじゃないですか。身の危険を覚悟してまで立ち向かう勇気もないですし、聞かなかったことにしてやり過ごすことにしました」
その後はS子さんに社内で立ち話をすることはありましたが、プライベートでの接触は極力避けていた成美さん。それでもあの告白からおよそ1年後、転職を決意して会社を辞めてしまいます。