前々回・前回記事でお伝えした都バスの「双子ベビーカー乗車拒否」問題。NPO法人フローレンスと秋澤春梨さんらの長い闘いの末に、都営バスは「全路線で、二人乗りベビーカーを折りたたまず乗車できる」というルール変更をおこなった。
しかしこの問題だけでなく、多胎(双子や三つ子など)育児にまつわる無理解は社会の様々な分野で浮き彫りになっていると秋澤さんは警鐘を鳴らす。現在は海外に居住しているからこそ見えてきた日本の問題点もあるそうだ。
◆優先席で「席を譲らない」人が見当たらないシンガポール
──現在、秋澤さんはシンガポールにお住まいということですが、育児面において日本と海外の違いはどんなところで感じますか?
秋澤春梨さん(以下、秋澤):たとえば台湾の交通機関では「プライオリティレーン」というものがありまして、車椅子、妊婦、赤ちゃんを抱っこしている女性は並ばずに先頭に立つことができるんですね。
シンガポールにはプライオリティレーンはありませんが、なくても皆さんが譲ってくださるので困ったことはありません。
もちろん言うまでもなく、電車内の座席はすぐに譲ってくれます。というか、優先席を譲らないと注意されることもあります。電車内に監視カメラがついていているなど、ある意味、シンガポールは非常に厳格な国ですから。
◆保育園に入れられず母親が働けない無限ループ
秋澤春梨さん(以下、秋澤):あと日本と違うのは、就労の有無にかかわらず保育園に入れられることですね。
──そこは大きいかもしれません。日本だと保育園に入れられないから母親が働けない。働けないから保育園に入れられないという無限ループに陥りますから。
秋澤:とはいえ、シンガポールも高額ではあるんですけどね(笑)。それからベビーシッター制度も充実していて、住み込みのベビーシッターさんを利用している人も多いです。
──日本だとベビーシッターは料金が高かったり、手続きが煩雑だったり、シッター側が人手不足だったりするなどの障壁があります。
◆子育てに関することは全て、親がやるのが当然?
秋澤:都内に関して言うと、ちょうど今、ベビーシッター制度を充実させている最中なんですよね。ただ根本的な話として、「子育ては親がやるのが当然」という考えが社会的に根強いんじゃないかと思うんです。たとえばシンガポールだと、シッターが保育園の送り迎えもできるんですよ。そういう細かいところが親にとってはすごく重要だったりするものですから。
──たしかに仕事で都合がつかないときの保育園送迎は本当に頭が痛いですからね。ファミリーサポート(自治体が主体となった子育てサポート活動)もありますが、自治体によって実際は使いづらい場面も多いようですね。
秋澤:ファミサポさん(ファミリーサポートの方)でも、写真やお名前などを事前登録することで、園によっては送迎を受け付けてくれるところがあるみたいです。
シンガポールでも登録した人以外は送迎できないんですが、送迎を何時何分に誰がしたかとか、スクールバスが何時何分に出発したかのGPS情報なども全てアプリで管理されているので、両親以外でも送迎可能な背景があるのだと思います。
◆集団検診で苦労する多胎児親に、知ってほしい“裏技”
──バス以外の面で、多胎児を育てる際に苦労した点はありますか?
秋澤:大変だったのは集団健診ですね。あれって建物の中にベビーカーを持っていけないんですよ。それで体力的にも大変だったし、検診後は子どもも不機嫌になりがち。パパに協力してもらおうとしても、日時が平日の昼間に指定されているから仕事的に難しいじゃないですか。でも、実は“裏技”があることを知っていただきたくて。
──裏技とは?
秋澤:行政側はあまり表立って言ってくれないんですけど、実はあれって集団検診から個別検診に変更することができるんです。個別検診だったら公的機関じゃなくて普通の医療機関で受けることもできますし、土曜日がOKというところもある。私の場合は待たされることもなく、あっという間に終わりましたね。
──なるほど。
◆つらいときは「つらい」と口に出して、声を上げて
──僕自身も双子を育てている立場として、ベビーカーがスーパーマーケットのレジを通過できなかったり、マンションのエレベーターに入らなかった苦い思い出があります。
秋澤:やっぱり当事者にならないとわからないことってありますからね。知らない人からすると「なんでスーパーに子どもなんて連れてくる必要があるんだ?」という声も出るわけですよ。だからと言ってハイハイもできない子どもを家に放置しておくわけにもいかないので、こっちも外に連れていかざるをえないじゃないですか。そこで多胎児の親が肩身が狭い思いをしなくちゃいけないっていうのは、どうも納得いかないんですよ。ほかにも子育て施設の完全バリアフリー化や訪問看護の利用については社会的な課題として残っていると個人的に感じますし。
──結局、それも多胎児に対する無理解がベースにあるのかもしれません。
秋澤:だからひとり親だけでなく、多子家庭に対しての政策も周知・徹底してほしいんですよね。行政側から出されている書類には多胎児の親を追い込むような表現も目立ちますし。
この記事を読んでくださっている多胎育児をしているご両親に伝えたいのは、つらいときは「つらい」と口に出していいんだよということ。私にとってはバス会社の件が典型例でしたが、やっぱり自分から積極的に口に出していかないと物ごとって変わらないですから。
◆頼れるところはできるだけ頼るという発想で
──近年は双子の出生率が世界各国で増えていますし、徐々に社会が変わっていくことを期待したいですけどね。
秋澤:年配の方から訳知り顔で「つらいのは今だけだから」とか「私もやってきたんだから」など言われることもあるかもしれませんが、まさに今つらいんだから今ここで解決しないと意味ないじゃないですか。必要以上にストレスを溜め込まないよう、頼れるところはできるだけ頼るという発想で多胎児の子育てに臨んだほうがいいかもしれません。
=======
いかがだっただろうか?「双子育児は喜びも2倍」などと言われることもあるが、実際はギャン泣き地獄やイヤイヤ期の終わりなき大暴れで親がノイローゼ寸前まで追い詰められるケースも多々あるはずだ。多胎児親が『「つらい」と口に出す勇気』を持つことができ、周囲のサポートをスムーズに得られる社会を切望する。
【秋澤春梨さん】
2019年秋より「多胎育児のサポートを考える会」に参加。双子用のベビーカー問題をはじめとする双子・多胎育児をめぐる制限について、数々のメディアに取材協力。2020年には小池百合子東京都知事との面会に多胎児家庭の当事者として参加。2020年5月、中央区・江東区双子サークル「リバーサイドツインズ」を立ち上げる。
<取材・文/小野田衛>
【小野田衛】
出版社勤務を経て、フリーのライター/編集者に。エンタメ誌、週刊誌、女性誌、各種Web媒体などで執筆をおこなう。芸能を中心に、貧困や社会問題などの取材も得意としている。著書に『韓流エンタメ日本侵攻戦略』(扶桑社新書)、『アイドルに捧げた青春 アップアップガールズ(仮)の真実』(竹書房)。双子(娘+娘/二卵性)の父でもある。