水泳の授業だけ成績が下がってしまう…
すべての生徒が、性別による内面や身体的な違いを感じることなく、水泳の授業に参加してほしいとの想いから生まれた新しい取り組み。子どもたちがもつ水泳の授業に関する悩みとは何だろうか。
「特に思春期の中学生、高校生は、身体の変化が大きい時期です。だからこそ、周囲と発達段階や身体の特徴や体型を比べ、コンプレックスに感じることもあります。なので、性別によらず体型のわかりやすい水着を着用することに抵抗感を覚える生徒は少なくありません」
水着や更衣室が男女で分かれている水泳の授業では、トランスジェンダーの生徒も精神的苦痛を感じるのではないだろうか。
「ほとんどの場合、更衣室は男女で分かれてはいますが、そのなかで他の人と更衣室を共有しなければなりません。自認している性別ではない更衣室で水着に着替えなければならないことや、周囲に身体をみられることに、つらさを感じる人は多くいます。
また、体の曲線が目立つ水着を着たくない気持ちから、水泳の授業があるときにどうしても参加できず、生理や体調不良といった理由をつけて見学したりして、夏の時期だけ内申点に影響が出てしまうこともあります。その点、水着に1つ選択肢が増えたことは大きな意義があるのではないでしょうか」
正しい情報にアクセスできない
学校生活を送るトランスジェンダーの子どもたちの悩みといえば、トイレや服装の問題を想像するかもしれない。だが、一番に直面するのはそれよりもっと根底的な問題だという。
「ある研究結果(※1)によると、トランスジェンダーが性の違和感を覚え始めた割合は、小学校入学前に半数、中学校入学前に8割超えということがわかりました。一方で、中学校の1割にしかLGBTQの授業が届いていない現状(※2)があります。さらにトランスジェンダーを含めたLGBTQのうち、7割(※3)近くの学生が学校でいじめを経験しています。
最大の課題は、正しい情報にアクセスできないことと、適切な支援が受けられないことです。正しい情報にアクセスできないことで、自身を否定し希死念慮(死にたいと思うこと)につながることも少なくありません。また、理解のある人が周りにいないことで、誰にも相談できなかったり、相談したとしても対応してくれないなどのケースがあります」
※1…中塚幹也(2010)「学校保健における性同一性障害:学校と医療の連携」『日本医事新報』4521:60-64
※2…ReBit「多様な性に関する授業がもたらす教育効果の調査報告(2018)」
※3…いのちリスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン平成25年度東京都地域自殺対策緊急強化補助事業 「LGBTの学校生活に関する実態調査(2013)」
アライ(理解者)であることを発信してほしい
正しい情報にアクセスできず、周りに相談しづらい環境があるなかで、LGBTQの子どもたちが過ごしやすい環境をつくるためにできることとは何だろうか。
「カナダの慈善団体THE519の調査では、LGBTQの子どもたちの希死念慮が下がる要因が一つ明らかになっています。それは、家族の理解です。家族の理解があると、自殺のリスクは93%減少することが報告されています。なので、保護者や子どもに接する大人たちが、接する子どもたちのなかにLGBTQの子どもたちがいることを前提に、アライ(理解者)であることを発信してください。
動画やメディアで目にしたLGBTQのニュースについて話題に出したり、LGBTQにまつわる絵本を家や学校に置くなど、肯定的であることを示すことも重要です。学校で相談していいのか悩んでいる段階でも、居場所があると思えていれば、過ごしやすさはかなり変わります」
LGBTQの今と昔
周りに相談できない環境があるなか、悩みを抱える子どもたちはどのように向き合っているのだろうか。トランスジェンダー男性である藥師さんは、学生時代を思い返す。
「私は女の子として生まれ、現在男性として生活しています。幼少期暮らしていたアメリカでは不安に感じることなく過ごしていましたが、9歳で日本に戻ってから、女の子らしくしなさい、と学校で言われることが増えました。トランスジェンダーという言葉に出会ったのが小学6年生です。
ですが、当時は適切な情報を入手することが難しく『ホルモン投与したら30歳で死んでしまう』など、事実とは異なるような噂もありました。中学校では“バレない”ように女の子らしくしながらも、『大人になれないのでは。このまま生きるのは苦しい』と、毎晩布団で泣いていました。その結果、高校2年生で自殺未遂をしています」
LGBTQ当事者の過ごしやすさは、当時と今で変わっているのだろうか。
「今では多くのLGBTQ当事者がインスタグラムやTikTokなどで積極的に発信していて、ロールモデルが増えてきています。とはいえ、私が学生時代の20年前でもテレビでタレントさんはいましたし、画面の向こう側にロールモデルがいるだけでは、まだ自身との生活の距離は遠いのです。
家族や学校など身近に相談できる人がいないなどの悩みは、今の子どもたちからも多く聞きます。子どもたちの半径5m以内にいる先生、友達、保護者に理解はあるのか。そういったところにまで当事者の声が届いていることが大事です」