「労災」ということばを初めて知ったのは、フリーランス通訳者になって間もない頃。父が通勤中にバイクで転倒して骨折、入院。勤務先から父は労災認定を受けたのでした。「ロウサイ」について知識のなかった私はこの時初めて、職場や通勤途上において災害の補償を勤務先がしてくれることを知りました。
ちょうど時期を同じくして、私は少しずつフリー通訳の業務が増え始めていました。そんなある日の事。大規模な通訳案件が発生したとのことで、某人材派遣会社に呼ばれました。説明会が開催され、業務の具体的な内容説明があり、質疑応答時間となりました。
父の労災のことが頭にあったため、私は挙手しました。
「もし通訳現場の行き帰りに万が一事故などが発生した場合、保険はどうなるのでしょうか?」
この時の光景は今でも覚えています。なぜなら、担当者の答えが明白でなかったからです。何となくもごもごと口ごもり、「個別に後ほどお答えしますので・・・」と言われるも回答は無し。後ほど自分で調べてわかったのは、「フリーランス(自営業者)には労災保険も失業保険も無い」というものでした。
そうなのです、同じ通訳者でも「社内通訳者」のように組織に所属して一定期間そこで勤めるのであれば各種保険は付与されます。しかし、自営業者にそのようなものはありません。自分の安全も健康も失業に備えた貯蓄も、すべて自力で備えておかなければいけないのです。
フリーになった当初はこのことに驚きました。なぜなら私は大卒後に会社員となり、そこでは手厚い補償があったからです。好きで選んだフリーランスとは言え、こうした保護がすべて途切れるというのは考えようによっては怖いとさえ言えます。
「万が一病気になったらどうしよう?もし現場に行く途中に事故に遭ったら?」
心強いバックアップがあった会社員人生から、すべて自力でやらなければいけない。
私にとってそれは「束縛」を手放した代償として得た「自由」でもありました。