コロナ禍で長編の脚本が大きく変わった

<カンヌ受賞監督の特別対談>「生きるに値しない命などあるのか」を問う
(画像=『女子SPA!』より引用)

『PLAN 75 』 監督・脚本/早川千絵 出演/倍賞千恵子、磯村勇斗、たかお鷹、河合優実、ステファニー・アリアン、大方斐紗子、串田和美 6月 17 日(金)全国ロードショー

是枝:今回は短編からどう長編に膨らましたのか興味深く観ました。倍賞千恵子さんという非常に魅力的な女優を中心に置きながら、生死を選択するまでのディテールの積み重ねが見事でした。制度として命を選別していく側の職員の描写は短編のときよりもいい意味でいじわるになっていましたね。たとえばホームレスが横になれないようにベンチに手すりをつけるシーンはすでに自分たちの社会が受け入れてしまっていること。PLAN75という命の選別制度はフィクションではなく、この社会の延長にあることが非常に丁寧に描かれている。

早川:短編は「こういう世の中になっていいのですか?」という問題提示で終わらせています。しかし長編の脚本を書いているときに、コロナ禍が世界を襲った。現実が厳しさを増すなか、さらに人々の不安をあおるような映画を作るべきなのか迷いが生まれました。問題提起だけではなく、希望につながるものを提示する必要があるんじゃないか、と。そこが長編で大きく変わったところですね。

是枝:早川さんのように学生部門で呼ばれ、次に監督・脚本のオリジナル作品をある視点部門に出品する。そのステップの踏み方は多くの若手の監督たちが目指すべき真っ当な作家の在り方だと思うんですよ。長期的な戦略として、自分が10年先にどうありたいかというビジョンを作り手は持つべきです。早川さんはそれを持っていた。ちょっと偉そうに聞こえるかもしれないけれども応援していますよ。

問いかけをしなければならないのは日本も韓国も同じ

――一方の『ベイビー・ブローカー』は赤ちゃんポストを題材としています。日本でも赤ちゃんポストが話題となるなか、なぜ韓国で撮ろうとしたのでしょうか。

是枝:数年前から映画祭で出会ったソン・ガンホやカン・ドンウォンと一緒に何かやりましょうと話をしていた。『空気人形』に出てもらったペ・ドゥナとも「また必ず」と。そんななか韓国にも赤ちゃんポストがあるということを知ったんです。調べてみると韓国には3か所あり、日本よりも預け入れられる赤ちゃんの数は多い。

「生きるに値しない命などあるのか」という問いかけをしなければならないのは日本も韓国も同じ。人生や命を勝ち負けで明解にわけ、負ければ自己責任。勝たないと生きる価値がないと考える風潮が広がっています。だから『イカゲーム』のような作品が韓国で生まれたのでしょう。

早川:『ベイビー・ブローカー』はとにかく大好きな映画ですとしか言えません。拝見したばかりで、この作品の素晴らしさをまだうまく言語化できずもどかしいですが……。俳優のみなさん全員から目が離せませんでした。とてもリラックスし、生き生きと芝居をしているように見えたのは是枝さんの演出のなせる技だと思いました。特にソン・ガンホ演じるサンヒョンは善と悪の混ざり具合が絶妙で、人間の捉え方がものすごく深いなと思いました。