いろんなことを手放して挑むという感覚の現場
――「今回は内側のさらに中核に潜り込んでいたという感覚」のフレーズが、非常に印象に残りました。それもまた言葉にしづらいものかもしれないですが、演技と向き合ったなと強く思いますか?
稲葉:今の自分の手持ちの手札だけでは足りないという感覚がありました。なので手札を切るというよりは、身を投じる感覚に近いです。安全の保証もないし、浮き輪も救命胴衣もなく飛び込んでいく。そうしないといけない作品でしたし、主演する上で自分がそうしたいと思えた作品です。
――脚本を読んだ段階ではどうでしたか?
稲葉:ほんとうに怖かったです。脚本自体の熱量が凄まじかったので、家でひとりで読んだときに「これは怖いぞ」と。熊坂出監督の脚本は、面白くて、魅力的で、吸引力があるなと感じました。「さぁ、これを自分が体現するのか」と思ったときの怖さを、今でも覚えています。
――熊坂監督とはどんなやり取りがありましたか?
稲葉:たくさん助けていただきました。とにかく「稲葉友であってくれ」、「そこに存在していてくれ」ということを何度も何度も言ってくださったんです。初主演作品でもあり、気負いはもちろんありましたが、何かを無理に演じようとするのではなく、しっかり準備をした上で、いろんなことを手放して挑む感覚の現場でした。
役を超えた圧巻のラップ場面
――第171回連載「名誉観光親善大使×レペゼン×地元」では、HIPHOPに慣れ親しんだことが書かれています。そうしたカルチャーがバックグラウンドにあるのは、本作で披露し、全編をとおして重要なテーマであるラップ場面に活かされていますか?
稲葉:もともとヒップホップ・カルチャーが好きでした。ラップを用いる日本の楽曲が好きなので、嬉しいなと思いつつ、単純に趣味の範囲だったので、自分が劇中で体現するというのはまたちょっと別の話だなと。
――主人公の国語教師・仁にとっても隠された才能でしたよね。
稲葉:仁のバックボーンとして熊坂監督が脚本にしっかり書いてくださっていたので、違和感なく飛び込めました。
――ラップは、ほとんど言葉の音楽と言ってもいいわけですが。
稲葉:今回劇中で披露したラップは、特にそうでした。言葉に詰まっているパワーとその言葉の裏に流す感情がとても強かったと思います。
――仁が退廃したコミュニティのステージでラップを披露する場面は、圧巻でした。あの瞬間、役を超えて稲葉さん自身にもスイッチが入ったように見えました。
稲葉:自分で試行錯誤して仕込む過程はありますが、本番は未知数でした。その未知の感覚が意表をついて出たのがあの場面でした。なかなかチャレンジングな場面でしたね。