オードリー・ヘップバーンが、これほど愛に飢え、愛を渇望し、そしてまた愛することを説いた人だったとは。『ローマの休日』(1953年)や『ティファニーで朝食を』(1961年)などの代表作に主演した銀幕スタアの姿をみて、誰が想像できるだろう?

オードリー・ヘプバーンを苦しめた“父親との記憶”。愛情に飢え、与えた生涯とは
(画像=『女子SPA!』より引用)
©2020 Salon Audrey Limited. ALL RIGHTS RESERVED.  普段から映画を愛し、イケメンへの惜しみない愛を綴るコラムニスト・加賀谷健が、『オードリー・ヘプバーン』(2020年製作)に克明に記録されたオードリーの実像に迫る。 ## オードリーの気高いハニカミ
オードリー・ヘプバーンを苦しめた“父親との記憶”。愛情に飢え、与えた生涯とは
(画像=『女子SPA!』より引用)

©️PictureLux / The Hollywood Archive / Alamy Stock Photo

 本作は、映画初主演作『ローマの休日』で、オードリーが第26回アカデミー賞主演女優賞を授賞したスピーチ場面からはじまる。多くの支援や支えに対する感謝の言葉を口にするオードリーだが、とにかく慎ましい印象を与える。

 ハリウッドのニュー・スタア誕生のセレモニーの場で、こんなに控えめでいいのかと思うくらいためらいがちなスピーチを言い終えた瞬間が見逃せない。会場中から拍手が巻き起こり、自分にほっと安心するように安堵のハニカミを見せるのが、何とも可愛らしい。と同時に、照れ笑いとも言えるそのハニカミには、気品ある気高さを感じた。

『シェリ』で知られるフランスの作家コレットに見初められ、『ジジ』のブロードウェイ版出演を機に、ウィリアム・ワイラー監督の新作(『ローマの休日』)のカメラ・テストに合格。ワイラー監督の下、『ローマの休日』からはじまる彼女のその後の栄光。『ローマの休日』以前に出演した作品のちょい役でさえ、まばゆい光を纏っていた。

トイレの壁に掛けられた小さなポスター

 ところで、筆者は、あるポスターをみて以来、オードリーの存在を強く意識した。ニューヨークのグッゲンハイム美術館近くで買われた(何と3ドル!)というそのポスターは、朱色の背景色に黒のドレスを纏ったオードリーのイラストが鮮やかな配置。

 イラストは、ジバンシィによるデザインで、史上もっとも有名だと言われる黒のカクテルドレスを纏った『ティファニーで朝食を』のオードリーの姿だ。オードリー演じるホリーが黄色のタクシーから朝帰りして降りてくる冒頭場面は、慎ましいドレスの色合いとヘンリー・マンシーニ作曲の主題歌「ムーン・リバー」の甘く美しい旋律が彼女の魅力を引立てていた。

 ポスターの左手には、「I believe in pink.」(私はピンクを信じてる)からはじまるオードリーの有名なフレーズが書かれていた。愛することをモットーに生きたオードリーの人生観を伺える明るさに満ちた、そんなマジカルな言葉だ。もっとオードリーの内面について知りたいと思って、他のフレーズを調べてみると、さらにこんなフレーズを見つけた。

「People, even more than things, have to be restored, renewed, revived, reclaimed, and redeemed; never throw out anyone.」 (人って、物よりもずっと、回復して、新しくなって、復活して、再生して、報われることが必要なの。だから、絶対に人を見捨てないこと)

 何だか、ジンときた。特に、文末の「never throw out anyone」のところは、先の楽天的なフレーズに対して、かなり喉につかえるものがあった。とても他人事だとは思えない手触りが伝わってくる感覚。彼女がこのフレーズを口にした意味を考えるのに、本作はうってつけだと思った。