2013年、BTS(防弾少年団)というグループ結成が知られてから、最後に発表されたメンバーがV(ブイ)だったことは強く印象に残っている。しかし、チーム合流が一番遅かったのは、ジミンだ。一人の少年が釜山から夢を追って上京してから、気が付けば10年もの月日が流れていた。(写真提供:ⓒ TOPSTAR NEWS)
BTS(防弾少年団)のメンバージミンが、夢を追って上京してから10年が経ち、ファンが祝福を送っている。
韓国メディアのViewers(ビューアーズ)は5月17日、『BTSジミン 上京10周年‥”英雄叙事の執筆者”』という見出しで記事を掲載。
以下、同記事を引用して紹介する。
5月15日、ジミンが2012年にBig Hitエンターテインメント(現HYBE)の釜山公開オーディションに合格し、練習生としてソウルに上京した日である。
これを記念して、世界中にいるジミンファンが15日の0時を迎えた瞬間から、ハッシュタグを添えてジミンを祝福した。
才能に甘えず磨き続けた結果、半年でBTSのメンバーに
彼はダンススクールの先生の勧めで、高校2年の時にBig Hitエンターテインメントの釜山公開オーディションに参加。そして1/1000の競争率を勝ち抜き、ただ一人合格しソウルへ上京する。
驚くほどの生まれ持った才能と、たゆまぬ努力を続け、わずか6カ月でBTSに合流。メインダンサーとリードボーカルとして、華やかなデビューを果たした。
特にダンスにおいては、釜山芸術高校舞踊科で首席となっただけでなく、学校全体で初めて舞踊科出身者が全体首席として入学したほどの秀才だ。
理科系と数学で優れた資質を持っていたジミンは、小学校と中学校の9年を通して学級委員長を務めていた。
そのため、両親は理数系へ進学することを望んでいたが、息子から将来に関する完璧な計画書を見せられてしまい、反対することができなかったというエピソードは、ファンの間では有名だそうだ。
自身が「誰かのロールモデルになりたい」と思っていたジミンは、幅広いダンススペクトラムで、チーム内で高難易度のダンスを担うことに。
そして、BTSをパフォーマンスで世界に知らせたメインダンサーとして、世界の専門家や大衆からの称賛を導くことに大きく貢献した。