「今日のお父さんは普通じゃないから」

「下校時間に息子の学校の最寄り駅に行って『今日のお父さんは普通じゃないから、今日はホテルに帰るよ』と告げると、息子は一瞬で状況を悟ったようでした。

 家が決まっていない。仕事がない。自分名義の貯金額は少ない。それでも一歩を踏み出してしまったのだから、今、踏ん張るしかないと決意をしました」

DVから逃げた後の貧困。離婚前の“プレひとり親”を苦しめる「制度のすき間」
(画像=『女子SPA!』より引用)

最低限の荷物を持ってホテルに駆け込んだ田中さんが最初に直面した問題が「住まい」です。

「高齢の親が住む遠方の実家に身を寄せることも考えたのですが、『学校を転校してもいい。お父さんとお母さんが離婚してもいい。でも、習い事の場所と仲間と離れるのは絶対にいやだ』と泣きじゃくる息子を見て、胸が締め付けられました。まずは1人でできるところまでがんばってみようと決めました。

 貯金はそれほどありませんから長くホテル暮らしを続けることはできず、新たな住まいを探す必要があります。でも、私のように無職の状態だと賃貸物件の契約をすることができません。一時的に自宅から離れた場所にある家具付きのマンスリーホテルに滞在をすることに決め、仕事を探すことにしました」

「ひとり親」の支援は受けられない……大きな金銭的不安

 その後、田中さんは離婚に向けて自治体のあらゆる窓口に電話をかけて、相談先を探しました。「離婚成立前」ということで受けられない支援もありましたが、困っていることを伝えると、何らかの手段を提示してくれる人もいました。

「まずは無料で離婚相談ができる弁護士に相談をして、離婚の申し立てをすることになりました。  そして、離婚前の親でも活用できるシングルマザーに特化した就業支援サービスを知ったので登録し、現在は職探しをしています。指南を受けながら履歴書を作成して、数社に送付しました」

DVから逃げた後の貧困。離婚前の“プレひとり親”を苦しめる「制度のすき間」
(画像=『女子SPA!』より引用)

田中さんは子どもとの新生活に向けて前を向いて歩み始めましたが、大きな不安の1つが、今後の経済状況です。

「夫には別居中の配偶者と子どもの生活費である『婚姻費用』を分担する法的義務があります。弁護士を介して額を決め、先月は支払ってくれましたが、今月は『家に戻らないなら、払いたくない』という意志を示しているようで、支払いが遅れています。婚姻費用に関してはある程度の法的拘束力はありますが、期待していいのか不透明な状況です。

 児童手当*1は世帯主である夫に振り込まれていますし、ひとり親家庭に支払われる手当を受給することもできず、経済的な不安は絶えることがありません」

・児童手当……0歳から中学校卒業までの児童を養育している人を対象にした手当。児童一人あたり月額5,000~15,000円が支給される。

子育てしているのに、児童手当を受け取れない理由

 コロナ下で実施されたある調査の結果からも、離婚前のプレシングルマザーが厳しい経済状況に追い込まれやすい傾向がわかります。

 2020年、フローレンスや認定NPO法人しんぐるまざぁず・ふぉーらむ等が共同でおこなった「別居中・離婚前のひとり親家庭アンケート調査」(2020年9月実施、有効回答数262件)では、別居中・離婚前のひとり親家庭のじつに7割超が「就労年収200万円未満」という結果に。これは「母子世帯」の就労年収200万円未満の割合58.1%を上回っています。

DVから逃げた後の貧困。離婚前の“プレひとり親”を苦しめる「制度のすき間」
(画像=『女子SPA!』より引用)

田中さんも受け取れていないという「児童手当」については、両親が別居中の場合は住民票を別世帯にする(世帯分離)ことを条件に、受給者を変更できることになっています。しかし、手続き上の煩雑さや、DV加害者である配偶者と関わることを避けるという理由から、受給者の変更をしていないケースも目立つようです。なお同調査では、回答者である別居中・離婚前のひとり親家庭のうち、約7割が相手からのDVを経験していました。

離婚前の別居期間に利用できる制度を

DVから逃げた後の貧困。離婚前の“プレひとり親”を苦しめる「制度のすき間」
(画像=『女子SPA!』より引用)

 このような苦しい状況をさらに悪化させているのが、新型コロナウイルスの流行です。

 現在は地方裁判所にも「ウェブ会議」が広がっていますが、2020年の一時期は新型コロナウイルスの影響で調停が中止・延期となり、長期化しているケースも報じられていました。つまり、相手が合意していない場合には離婚の話を進めることすらできず、支援を受けられない苦しい生活までも長期化してしまっているのです(離婚調停を経ていないと、離婚訴訟の申立もできません)。

間もなく離婚調停が始まるという田中さんは、調停の長期化を案じています。

「離婚調停の呼出状を受け取った夫からは、何度も連絡がありました。返答せずにいたら、担当弁護士のところにも夫から自己弁護に徹した分厚い書類が届けられているようで、別居していても折に触れて夫の影におびえています。  彼はプライドが高く世間体をひどく気にする人なので、家庭の外で常識を逸脱(いつだつ)する行動にでることはないと思いますが、調停は一筋縄ではいかない予感です。当日は夫と顔を合わせたくありませんが、待合室をあちこち探し回るのではないかと今から不安で仕方がありません。

 今回のことでひとり親の支援について調べてみたら、以前と比べて制度がかなり手厚くなっていることがわかりました。でも、離婚成立後でないと利用できない支援や手当もあるので、私のような今別居中で離婚前の立場でも使えるものが増えて欲しいと思います」

 プレシングルマザーは経済的にひっ迫した状態に陥りやすいだけでなく、住み慣れた地域を離れることで母子が社会的に孤立するなど、様々な要因で心理的なストレスが増大しやすくなっているようです。

 現在は、新型コロナウイルスによって家庭内の精神的・肉体的暴力の増加や、女性の雇用環境の悪化などの影響も生じています。弱い立場に追い込まれた女性を取り巻く環境が急速に悪化する中、制度のすき間からこぼれ落ちる人がいないよう、新たな支援策が必要となりそうです。

<取材・文/北川和子> 北川和子 ライター/コラムニスト。商社の営業職、専業主婦を経てライターに。男女の働き方、家族問題、地域社会などをテーマに執筆活動を行う。

提供・女子SPA!



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