アフリカ大陸タンザニアの東に浮かぶ島「ザンジバル」は、イスラム文化の色濃く残るアフリカのリゾートです。かつては奴隷貿易の拠点となり、負の遺産となる悲しい歴史を抱えている一方で、日本を代表するアニメ『機動戦士ガンダム』の艦隊名に起用され、かの伝説ロックバンド「クイーン」のボーカル「フレディ・マーキュリー」の生まれ育った街でもあります。今回は、世界遺産の街「ストーンタウン」の見どころをご紹介します。
ザンジバル島の場所
ザンジバルは、アフリカ東海岸のインド洋上にある島です。タンザニア連合共和国に属しながら強い自治権を確保しており、ザンジバル革命政府によって統治されています。このため、本国タンザニアからの入島であっても、入国手続きをする必要があります。エントリーVISAは50USドル(約5,700円/クレジットカード可)です。
『機動戦士ガンダム』に登場の「ザンジバル級機動巡洋艦」
もはや日本人で知らない人はいないと思われるアニメ『機動戦士ガンダム』。ガンダムシリーズの初期バージョンでは、ジオン公国という対戦相手が登場します。彼らが保有する巡洋艦の中に、宇宙空間と大気圏内を行き来できる唯一の能力をもつ大気圏内外両用艦があり、その名称が「ザンジバル」といいます。この島の名称が由来です。
ザンジバル級機動巡洋艦は架空のものですが、ここ「ザンジバル」という実在の島名が使用されたのはどういった経緯なのか気になりますよね。詳細は不明なのですが、何か強そうな響きから取られたのではないかと筆者は推測しています。
ザンジバルの歴史
1499年、ポルトガルの航海者ヴァスコ・ダ・ガマがザンジバル島を訪れたのち、ポルトガル人が入植してしばらく統治していました。1698年にオマーン人によってポルトガル人が追放され、以後オマーン出身アラブ人が象牙や奴隷の売買を始めます。
更に1832年にオマーンのスルターン・サイイド・サイードが王宮「ストーン・タウン」を建設し首都を置き、以後オマーン帝国の本拠地となります。
1896年、ザンジバル島はイギリスによって保護国となりましたが、当時のスルターンの甥ハーリドが英国の退位要求を拒否します。すると、駐留していたイギリス艦隊は艦砲射撃により宮殿を破壊し、ハーリドは対岸のドイツ領へ亡命し、あえなく退位しました。
このイギリス・ザンジバル戦争は、わずか37分23秒で決し「史上もっとも短時間の戦争」としてギネスブックに掲載されています。この戦争後、奴隷制度が廃止されています。
旧市街ストーン・タウン(世界遺産)の見どころ
このような歴史的背景により、アラブやヨーロッパ石造建築の多数遺る旧市街ストーン・タウンは、2000年にUNESCO の世界遺産(文化遺産)に登録されました。
それでは、世界遺産の街ストーン・タウンをご紹介します。
オールド・フォート
オールド・フォートは1699年にオマーン人によって建てられた、ストーン・タウンの最も古い要塞です。アラブ・フォートとも呼ばれています。
1800年代には駐屯地や刑務所として、また1905年からはザンジバル鉄道のターミナルとして使用されました。
中庭は観光客向けの商品を販売するショップが並びます。また、毎晩ライブダンスや音楽ショーが開催されるなど、市民や観光客の集まる場となっています。
旧奴隷市場
ザンジバル島へ訪れたら、外せない歴史的スポットが、ここ旧奴隷市場です。
アフリカ大陸から連れてこられたアフリカ人がここに集められ、オマーン・アラブ商人によって海外へ売りさばかれていきました。彼らに対する扱いも酷いものであったことが、館内に展示されている当時の写真や鎖の用いられた地下室で知ることができます。
奴隷市場跡には、この悲惨な歴史を忘れないようにと教会が建てられました。
入場料は、5USドル(約5,700円)、またはTZS10,000(タンザニア・シリング)です。
マーキュリー・ハウスとフレディ・マーキュリー・ミュージアム
ザンジバルの旧市街ストーン・タウンは、イギリス伝説のロックバンド「クイーン(QUEEN)」のボーカル、フレディ・マーキュリーの生まれ育った街です。
彼の生家は「マーキュリー・ハウス」として現存します。
2019年11月には「フレディ・マーキュリー・ミュージアム」が、マーキュリー・ハウスの隣にオープンしました。
彼の写真や彼の直筆の手紙などを中心に、充実した展示品の数々です。