ヒップトロニカブームを牽引 「日本の音楽シーンにも影響受けた」 

「ヒップトロニカ」というジャンルは、いつ頃から手がけられたのですか?

K-POP仕掛人に聞こう!~プロデューサー編~
(画像=『韓国旅行コネスト』より引用)

2002年~2008年まで、今のBIGBANGなどが所属するYGエンターテイメントでプロデューサーをしていました。アメリカのダーク・チャイルドやティンバランドといった有名プロデューサーの影響を大いに受け、K-POPシーンはヒップホップを中心に、スローテンポのR&Bやモダンロック、ソウルなどが主流でした。僕も当時はヒップホップを主に扱っていましたが、日本でエレクトロミュージックと出会って方向性が変わったんです。
たまたま日本で行ったクラブで流れていたエレクトロミュージックに触発されて、「韓国でヒップホップとマッチングさせたらどうなるだろう」という好奇心から、帰国後すぐに作曲を始めました。そうしてできた最初の作品が、LEXY「空の上へ」です。

K-POP仕掛人に聞こう!~プロデューサー編~
(画像=『韓国旅行コネスト』より引用)

BIGBANGの「LIE」は2007年のMnet KM ミュージックフェスティバルで
ソング・オブ・ザ・イヤー賞を受賞した
その後BIGBANGの「BABY BABY」や編曲を担当した「LIE」、SE7EN「ラララ」のリミックスヴァージョンなど、どんどんエレクトロミュージックを取り入れていくようになり、「ヒップトロニカ」という音楽ジャンルが確立して行きました。

ダンスミュージックやヒップホップ、R&B、ソウルといったジャンルはもちろんそれぞれの良さがありますが、ずっと聴いていると飽きがきますし、歌詞はともかくメロディやサウンドに刺激が少ないですよね。そこへ現れた新鮮な「ヒップトロニカ」のサウンドが爆発的な支持を得て、あっという間に主流ジャンルに台頭したんです。そのきっかけになった曲が、オンラインチャートで2ヶ月近く1位を独占したBIGBANGの「LIE」でした。

流されやすい音楽トレンドと「インスタント」化が課題  

世界的にデジタル音源化、オンライン化が進む中で、 K-POPもその勢いが強いようです。

K-POP仕掛人に聞こう!~プロデューサー編~
(画像=『韓国旅行コネスト』より引用)

聴く立場からすれば、好きな歌手の曲に早く接することができ、かつ好きなジャンルの曲を自分でセレクトして聴けるので、こんなにいいことはありません。けれど製作者の立場からすると、あまり歓迎できないのが正直なところです。オンラインチャートで1位を獲得し長い間上位にランキングした「ヒット曲」でも、デジタル音源というのは大した収益にならないからです。
一方アルバム販売は、ファン層の厚い人気ボーイズグループでなければ最近は10万枚超えることも難しく、昔のようなミリオンセラーなど夢のまた夢です。そのため、休む暇なく曲を発表しなければならない悪循環が生まれています。

K-POPシーンの抱える課題は何でしょうか?

デジタル音源化が進んで、製作にかかる期間がぐっと減り、新曲や新しい歌手が次から次へと押し寄せるように溢れ出てはすぐに飽きられていつの間にか消えていく─そんな音楽の「インスタント」化が進んでいます。しかし、移り変わりの激しいトレンドやニーズとの調節、製作会社との折り合い、また空前のK-POPブームもあって、セーブをかけるどころか製作周期がどんどん短くなっているようです。

このままでは、真のトップスター歌手や国民的歌謡が出なくなるんじゃないかと危惧してしまうほどです。また最近は「歌のうまい歌手」がブームですが、そんな歌手ばかりになってしまってもK-POPシーンは駄目になります。聴かせる歌手、ダンス歌手、アイドル歌手など、多様なジャンルの歌手がうまくミックスしている状態がベストです。ブームに流されず、もっと時間をかけてきちんと歌手を育て、また曲を作っていく必要があるでしょう。

クオリティの向上とデジタル化が「K-POPブーム」の背景に 

最近はアジアを越え欧米でもK-POPが注目されています。

K-POP仕掛人に聞こう!~プロデューサー編~
(画像=『韓国旅行コネスト』より引用)

韓国のコンサート会場にまで欧米人の姿が
まず、もともとあった韓国的な歌謡が外国の新しい音楽に刺激を受け、サウンドのクオリティが飛躍的に伸びました。そして、プロデューサーや製作者たちのマインドも大きく変わりました。歌手たちも半端ではない練習量と努力で、遅れをとらないように歯を食いしばって必死で高いレベルを維持し、歌だけでなく、パワフルかつ刺激的なダンスパフォーマンスまで実現しています。

そして何より、インターネット、特に「ユーチューブ」の存在が大きかったです。これによって、リアルタイムで簡単にK-POPに接する外国人が増えました。これらが絶妙のタイミングでかみ合ったんです。

K-POP仕掛人に聞こう!~プロデューサー編~
(画像=『韓国旅行コネスト』より引用)

ブレイブエンターテイメントのユーチューブ公式チャンネル
今では、韓国の芸能事務所はどこもユーチューブの公式チャンネルや公式ブログを持っていて、それらをフル活用して自社コンテンツを全世界に向けて配信するのが当たり前になっています。それが海外進出の足がかりになるわけです。

アジアであれ欧米であれ相手からのラブコールがあってこその海外進出ですが、一方で韓国音楽市場の不況が「海外へ出よう」という動きに拍車をかけているのも、残念ながら否定はできません。特に日本は魅力的な音楽市場です。

K-POPシーンに新しい風を 未開拓のジャンルに挑戦

最近ガールズグループ「BRAVE GIRLS」をプロデュースされていますが、コンセプトが斬新です。

ヒップトロニカジャンルが軌道に乗ったので、3年ほど前から新しいジャンルの開拓に入りました。「BRAVE GIRLS」(2011年4月デビュー)は、僕が「刺激的でない」サウンドを試みた最初のグループです。ファーストシングルの「知ってる?」は、R&B、ソウル、ヒップホップをミックスさせた音楽ジャンルで、セカンドシングル「些細なことで」ではレゲエを取り入れました。音楽性を兼ね備えた実力派グループとして、腰を据えて長期的にプロデュースしていく計画です。少しずつですが固定ファンも増えています。

最後に、プロデューサーとしての今後の活動計画をお聞かせください。

ブレイブエンターテイメントに所属する練習生を対象に、ボーイズグループ、ガールズグループともに準備中です。今後もプロデューサーとして、新しい音楽ジャンルをK-POPシーンに、また世界の音楽シーンに発信していきたいと考えています。

また、K-POPプロデューサーとして日本など海外アーティストにも曲を提供したいです。まだ準備を始めたばかりでどうなるか分かりませんが、日本の方々にも直接お会いできる日が来るといいですね。
勇敢な兄弟(ヨンガマン ヒョンジェ)
カン・ドンチョル/作詞作曲家、音楽プロデューサー
1979年生まれ。2004~2008年までYGエンターテイメントでプロデューサーとして勤務。2008年~現在までブレイブエンターテイメントの代表兼メインプロデューサー。

作品経歴
イ・スンギ:「どうかしてたみたい」(「僕の彼女は九尾狐」OST)
ソン・ダムビ:「狂った」(2009)、「土曜日の夜に」(2009)
超新星:「クリウンナレ-キミに会いたくて-」(2010※韓国版)
After School:「Diva」(2009)、「Because of you」(2009)、「AH」(2009)
AJ(現BEASTイ・ギグァン):「ダンシング・シューズ」(2009)
BIGBANG:「SHAKE IT」(2006)、「LIE」(2007)、「BABY BABY」(2007)、「Wonderful」(2008)
BRAVE GIRLS :「知ってる?」(2011)、「些細なことで」(2011)
Brown Eyed Girls:「どうして」(2008)
GUMMY:「ゴメンネ(feat. T.O.P)」(2008)
LEXY:「空の上へ」(2007)
SE7EN:「LOVE STORY」(2006)、「RUN」(2006)、「ラララ(Remix Ver.)」(2006)
SISTAR:「Push Push」(2010)、「Shady Girl(虚飾ガール)」(2010)、「あなたなんて」(2010)、「Ma Boy」(2011)、「So Cool」(2011)
U-KISS:「Man Man Ha Ni」(2009)、「Bing Guel Bing Guel」(2010)
ほか多数

今月の人気アルバム出典

順位 歌手名 アルバム名
1位 JYJ IN HEAVEN(1集)
2位 INFINITE Over The Top(1集リパッケージ)
3位 SUPER JUNIOR A-CHa(5集リパッケージ)


提供・韓国旅行コネスト

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