寿命100歳が当たり前になるこれからの人生設計について書かれた『ライフ・シフト-人生100年時代の人生戦略』(リンダ・グラッドソン著、東洋経済新報社)が販売数25万部を突破し、今なお多くの人に読まれている。それだけ多くの現役世代は自分の老後について意識を向けているのだ。
そして、日本の現役世代が特に懸念しているのが「年金」である。少子高齢化はますます進み、なおかつ財政赤字のため社会保障費はこれから抑制されていく傾向にある。「少ない年金で生きていけるのだろうか」という不安を誰もが抱えている。年金への不安とどう向き合ったらいいのだろうか。
人生100年時代だからこそ一般的な老後対策はアテにならない
「年金が減っていくこれから、いくらあったら老後は足りますか」。
このような現役世代の質問は非常に多い。そして、これに対する専門家からのアドバイスの王道は「3000万円貯金があれば老後は万全」「老後の生活費は現役時代の70%程度と考えればよい」というものだ。数字で明確に目標が分かるので、一瞬ホッとする。
しかしこのアドバイス、現実としてあまり効果的ではない。なぜなら、このシミュレーションの前提は「寿命が80歳まで」が前提であるからだ。そして人生の不確実性を考慮していない。
確かに現在の平均寿命は80歳とされている(2016年時点で男性81歳、女性87歳)。しかし、この平均値はあくまでも「0歳児があと何年生きるか」を表したものに過ぎない。死亡率の高い乳幼児期を生き延びた大人の現実的な平均寿命は上記平均寿命よりおおよそ3歳ずつ上になる。84歳、90歳が寿命の「平均」だとすると、100歳まで生きる確率は50%前後ということだ。老後に備えて、自分の健康や体力増進に励む人の増加を考慮すると、100歳超の長寿も増える可能性がある。
そんな状況で、貯金が3000万円あったとしても、「これで私は安心です」とは言い切れないだろう。80歳を過ぎて生きていく中で貯金が底をつくリスクが高くなるからだ。また、積み上げた貯金が切り崩されていくストレスは想像以上に大きい。20~30代とは違い、60代、70代になると「稼げば何とかなる」とは言いにくい。資産が目減りするストレスはメンタルだけでなく身体にもダメージを与えるおそれがある。
さらに、先に述べた王道のアドバイスは、病気や事故、介護といった不測の事態の発生や各個人の生活様式、お金の増減とストレスの関係といった「数値化しにくいもの」を考慮していない。65歳や70歳になって突然趣味や交流を止め、病気ひとつせず質素に暮らし、80歳になって突然死ねる人がこの世のどこにいるだろうか。数値で測れる対策を完璧に行ったところで生活費の不安の解消や予測不能の事態への対処が万全になるわけではない。
残念だが、生きることそのものが不確実性に満ちている以上、「完璧な対策」は不可能だ。けれど、少しでも不安とリスクを減らすための対策ならできる。ただ、現役である今から始めることが前提だ。なぜなら人は急には変われないからだ。そして次に掲げる6項目が、その努力の具体策となる。
対策1 国民年金保険料をきちんと払う
国民年金制度に対する批判は多い。その一方、これほど非常に優良でコストパフォーマンスのよい金融商品はないのだ。税金が半分投入されている上、終身型であるがゆえに長生きすればその分受給することができる。さらに、支払った保険料は全額所得から控除され、受給時も公的年金等控除の適用を受けることができるのだ。加えて、配偶者がなくなれば遺族年金が支給される。同様の保険を民間のもので代用すると保険料が高くつく。その割に節税のメリットは少ない。
さらに、国民年金は企業年金よりも破綻の可能性が低い。「国民年金制度はいずれ破綻する」とよく言われるが、現実的な破綻の可能性は低い。年金制度が破綻すると、生活保護支給に迫られ、社会保障費が膨らむことになるからだ。また、破綻懸念の理由の一つに「国民年金未納率40%」というのが挙げられるが、これは第1号被保険者(自営業など)内での未納率であって、第2号や第3号を含めて全体で考えると未納率は5%程度だ。さらに現在の国債の金利や保証料率は破綻基準値からほど遠い。したがって、現役世代が老後を迎えるまでに財政破綻をする可能性は低い。
「どうせ破綻するんだよね」と国民年金保険料を払わず他の民間保険に加入したり投資したりする人もいる。ただ、支給年金には税金の還付の意味合いもあることなどを考えると、それは税金の払い損になっている。
身体が思うように動かず、不測の事態が生じやすい老後において、生活の軸となるのはやはり終身で定額支払われる年金だ。未加入でいるより、きちんと加入して保険料を払い、老後に備えておく方が割に合う。
対策2 「70歳からの受給繰り下げ」で支給額をアップ
生活の軸は年金だとしても、今より受給額が下がるのは避けられない。ただし、それでも受給額を生活できる程度にまで増やすことはできる。それが「受給の繰り下げ」だ。
現在、年金は65歳から受給できるが、この受給開始時期を繰り下げ、つまり先送りにすることができる。1か月繰り下げるごとに、年金額は0.7%増加する。最も遅い70歳で受給開始すれば42%の増加だ。また、国民年金は、受給年齢に関係なく、受給開始から12年経てば元が取れる制度だ。つまり、70歳からの需給にすれば、81歳を過ぎる頃に払った保険料の元が取れる。それより長寿であれば、払った以上の年金が受給できる。
受給を繰り下げた分、働いて自ら収入を得る必要が出てくるが、ほとんどの人はそこに抵抗を感じないだろう。事実、今の高齢層たちは70代、80代になっても元気にボランティアや仕事に行っている。彼らにできるなら、我々の多くも影響を受けて60歳を過ぎても仕事を続けているだろう。元気に働ける間は働いて生活費を稼ぎ、医療や介護の必要性がより高まる70代以降から年金の支給を受けるようにすれば、金銭的に困る可能性はより低くなる。