今の日本では、夢を見ることさえできない

泣ける…「時給はいつも最低賃金」な50代女性ライターが見た現実/和田靜香×松尾潔
(画像=『女子SPA!』より引用)

和田:私自身そうでしたが、原稿を書くとき、まるで音楽だけが実社会から宙に浮いているかのように、このアルバムのプロデューサーが誰とか、音楽についてのみ書くことが当たり前になってた。音楽の現場も本来は政治と地続きなのに。 松尾:音楽業界全体が、業界を浮島のように生き延びさせてきた感があるし、それは今も続いている気がします。 和田:私が音楽について書かなくなったのも、ライターの仕事が減って生活が苦しくなっていき、そんな違和感が大きくなったからかもしれない。食べるためにバイトを始めたら、見える風景が全然違った。音楽より、そもそも働くってどういうこと?と考えることのほうが大切になりました。 松尾:正直、僕は生活に困った経験がない。でも、今の和田さんの姿を知り、ご著書を読んで強く感じるのは「自分だったかもしれない」ということ。音楽評論から実作にシフトし、幸いにもサクセスできました。でも、違うんですよ。その時代にたまさか生まれた結果にすぎない。 「あのまま音楽ライターだったら大変だったね」とよく言われますが、“炭鉱のカナリア”的に何かを予見して書く仕事から離れたわけではなく、単に制作に興味が向いただけです。当時は、そんな思いつきで道を変える人がたくさんいた時代。言い換えれば、社会にそれだけ余裕があった。ところが、今は夢を見ることさえ難しい……。

「名作」よりも「駄作でないもの」

和田:今の音楽業界も、シンガーは決まっているものの、多くの作曲家から楽曲を集めたなかから1曲を選ぶコンペ方式が主流。歌い手と作曲家の偶然の出会いなんて、もう期待できないんですか? 松尾:今は偶然の出会いから生まれる「名作」より、むしろ偶発性を排除して「駄作でないもの」を効率的につくることに業界全体が腐心しているように見えます。 和田:その意味では、この本ができたのは偶発的(笑)。企画書さえないし……というか、政治のド素人の私には書けなかったんです。