怒りと上手く付き合うための心理トレーニング「アンガーマネジメント」。一般社団法人日本アンガーマネジメント協会理事・戸田久実さんがお届けする連載【大人の上手な怒り術】第7回では、過干渉のいわゆる「毒親」に対しての怒りを解消する方法について解説してもらいます。
■子どもを思い通りにコントロールしようとする親
アンガーマネジメントの普及活動をする中で、たくさんの人々の“怒り”の感情に触れます。その怒りを感じる相手は身近な家族であることが多いです。
中でも、自分を育てた「親」に対して、思うところがある人も少なくありません。話を聞くと、いわゆる「毒親」と呼ばれるようなケースもあります。
あすかさん(30代・仮名)は、「母親からの干渉がつらい……」という悩みを持ち、親に対して怒りを抱いている女性でした。
子どものころはもちろん、成人し、社会人になった今でも悩まされ続けているというのです。
「お母さんがすすめる学校に行きなさい」
「女の子なんだから水泳なんて習わなくてもいいわよ! ピアノにしなさい」
「あの子との付き合いはやめなさい。友達は選ばなくちゃね」
「転勤があるの? この家を出るなんて、まさか考えていないわよね? ダメよ、許さない!」
「男の人なんて、信じちゃダメよ。お付き合いなんてやめなさい。どうせ騙されているのよ」
「あなたにクリエイティブな仕事なんて無理よ。できるわけがない」
「あなたは何もできないのだから、私の言う通りにしていればいいのよ」
このように、学校や仕事、交友関係にまで口を出し、さらには能力を否定するような発言までするのだといいます。
身体的な虐待をするわけではないのですが、子どもの意思は無視して自分の価値観を押し付け、それが成人になってまでも当たり前のように続いている……いわゆる“過干渉”のケースです。
まるでヘリコプターのように子どもの頭上に付きまとうこのような親のことを、近年では「ヘリコプターペアレント」と呼ぶこともあります。
あすかさんの本心は、心の健康のためにも過干渉の親と離れて暮らしたいのですが、小さい頃から押さえつけられてきたために親の反対に抵抗できず、ひとり暮らしをする自信もなく、親との同居を続けている状態でした。
■親と直接対決をするのはNG
このように、大人になっても親からの影響を受け続けている、苦しみ続けているという人も多くみられます。
長い間、親の言いなりになってきたので、何事も自分自身で判断できなくなっていたり、自分の考えに自信が持てなかったり、自己肯定感が極端に低くなっていたりして、社会生活に支障をきたすほどになる人も。
すると、
「こうなったのは、すべて親のせいだ」
「あんな親のせいで自分の人生はダメになった」
という恨みにつながるような思いにまで怒りは増大し、さらには、そのような状況の中でどうにもできない自分にも苛立ちを感じて、自分を責めて苦しくなってしまうこともあるのです。
こういった場合、直接の原因となっている親とどちらが正しいのか決着をつけたいと思ったり、間違っていたことを認めさせたくなるかもしれません。そうすれば少しは気持ちがスッキリすると考えるのも当然でしょう。
ですが、そもそもそういった「毒親」の性質がある人は、そう簡単に自分が間違っていたことを認め、謝罪することは難しいでしょう。話し合いをしようとしても余計に傷つけられて終わりということも少なくありません。
それに、すでに親が他界しているという人にとって、それは叶わない願いです。
ですから、相手を変えるのではなく、“自分の気持ちを変える”ことが必要になります。これは、アンガーマネジメント全般に言えることです。変えられるのは相手ではなく自分自身だけなのです。
■ひとりディベートのように問答してみましょう
私はあすかさんに、こうアドバイスしました。
まずは親に刷り込まれて正しいと思い込んでいる「べき」はないだろうかを振り返り、それらをリセットしてみてください、と。
たとえば、「子どもは親元を離れて暮らすべきではない」と親は言うけれど、
「親と離れて暮らすのは、親不孝なこと? いけないこと? 絶対に? それって本当?」
「親とずっと一緒に暮らすことだけが親孝行なの? そうとも言えないよね?」
「ということは、親元を離れて暮らしてもいいのだ」
というように、ひとりディベートのように問答してみるのです。
親の「べき」はあくまでも親の「べき」で、万人にとっての真実ではありません。それに従わなかったからといって、親不孝でも、いけないことでもない、そのことに徐々に気づくための取り組みです。
また、もし身近に親元を離れて暮らす子どもやその親がいれば、それについて「親不孝だと思いますか?」と聞いてみるのもいいでしょう。
ひとりの意見だけではなく、なるべく多くの意見に触れることで、「人それぞれ、たくさんの価値観があるんだ」「自分の親が言っていることだけが正しいわけではないんだ」と実感できると思います。
■自分がやりたいことを明確にしていく
もうひとつ、あすかさんには、自分は本来どうしたいのかをできるだけ具体的に考えてみるように、トレーニングすることを勧めました。
親と距離を置きたい、そのためにはどうしたらいいか、家を出ようか、いつからそうする? 何から始める?……というように。
今まで親の言う通りに行動することが多かった人は、まずは、今後の行動を具体的にイメージすることからスタートしてみましょう。イメージできるようになってきたら、ノートなどに書き出していくと、より思考もクリアになっていきます。
刷り込まれた考え方はすぐには変わらないかもしれませんが、同一化していた親の考え方と自分の考え方が、だんだん切り離されていくと思います。
こうしたトレーニングを続けていくことで、これまで持っていた怒りの形も徐々に変わっていくでしょう。
あすかさんも、親のことを「赦す」ことまではできなくても、「もう親と私は違うんだ」「親が変わることは期待できないけれど、上手に距離を取っていこう」というように心のあり方が変わっていったようです。そうして最終的には、親から離れて暮らすことに成功しました。
親の関わり方や過去は変えられないとするならば、変えられることに目を向け、行動してみましょう。親の変化を期待するよりも、自分の怒りを解き放ち、心を軽くすることを優先するのです。
自分の怒りの感情を客観視し、自分はどうしたいのか、自分の生きたい未来はどのようなものなのかをじっくり考え、少しずつでも行動してみましょう。親の支配と怒りに満ちた現状から抜け出し、自分の人生を生きるための第一歩として、アンガーマネジメントを活用してください。
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