韓国オタクにとって兵役は身近だ。
私はかれこれ16年K-POPのファンをやっている。3年前には絶対に人生を奪われると頑なに避けてきた韓国ドラマにも手を出してしまい、「推し」と崇める韓流スター達を手に入れては、彼らの入隊のカウントダウンと隣り合わせの人生をもう何年も歩んできた。
2021年Netflix新作ドラマ『D.P. -脱走兵追跡官-』との出会い
若い韓流スターを追うというのは実に刹那的で、目下入隊までが最盛期。
入隊してしまったら2年近い空白期をひたすら待つ。
しかも俳優ならまだしも、グループ活動がメインのアイドルとなると立て続けに入隊し完全体と再会できるのはさらに年数を要す。
何より、最近でこそ兵役を乗り越えて再始動するグループもちらほら見かけるようになったが、入隊=事実上解体となるグループも多く、年齢を抜きにしても兵役後に以前と同じように活動してくれる可能性は再契約と同じくらいハードルが高いことだった。
そんな私に衝撃と救いのない虚無、そして感動を与えたドラマが2021年Netflix (ネットフリックス)配信の新作ドラマ『D.P. -脱走兵追跡官-』である。
※以下ネタバレを含みます
憲兵隊の脱走兵追跡官「D.P.」と脱走兵たち
あらすじは、陸軍憲兵隊に配属された主人公アン・ジュンホ(演/チョン・へイン)が、鋭い洞察力を評価され脱走兵を捕まえる軍離脱逮捕組・通称「D.P.」に任命されたことから物語が始まる。
D.P.となったジュンホが、バディを組むハン・ホヨル(演/ク・ギョファン)とともに様々な事情を持つ脱走兵を追いながら冷酷な現実と向き合う様子を描いており、脱走兵たちのバックグラウンドは多岐にわたり、すべて違うがすべてがリアルだ。
『D.P. -脱走兵追跡官-』韓国の縦社会と過酷な軍生活
韓国ドラマファンはおわかりかと思うが、韓国の階級社会、縦社会は日本人の想像を超える。
K-POPアイドルのグループ内ひとつとっても、長男と末っ子の立場は明確で言葉遣いや立ち位置も上下関係が(少なくとも日本よりは)ハッキリしている。
それが軍隊ともなれば言わずもがな、韓国の軍隊組織は階級がすべてで、ドラマにも出てくる最下層の二等兵(陸軍に入隊すると最初の階級が二等兵)は何かにつけ下働きをさせられ、命令も絶対。理不尽な要求も受け入れるしかない。
それも任務だと思えばやむなしだが、ここに理不尽な命令や暴力を伴う制裁が加わるとただのいじめや事件になってしまう。視聴者としてドラマでも理不尽ないじめだとハッキリ位置づけられていたのは幸いだったが、一方でこのドラマの暴力シーンは違う意味で残酷だった。
韓国ドラマでは割と暴力が当たり前だが、上官の命令は絶対、任務を全うするようにつらい顔をせず暴力を受け入れなければならない。それは、一見忍耐のように見えるが「逃げることは許されない」という十字架を被害者に背負わせているからだ。
そして今、日本で気楽な在宅ワークライフを送る私は「こんな世界現代にある!?」と1話から驚くと同時に、「ああ、本当にあるんだろうな」と当たり前のように受け入れた自分もいた。これが2014年に軍内で暴行死亡事件と脱走兵による銃乱射事件が起き、それに通ずる作品だと知ってなお、そう思ったくらいである。
たった6年前、私と同世代の人間がこのような目に合っていたことをすんなりと受け入れたのである。
『D.P. -脱走兵追跡官-』視聴者を引き込む分かりやすくスピーティーな展開
このドラマは45分×6話とかなりスピーディーな展開だ。
全6話のうち4話まではストーリーは明快に進んでいく。
各脱走兵の顛末とD.P.たちが彼らの脱走の背景を知り、任務の中で何を感じていくのかも分かりやすい。
ジュンホは心情に訴え、ホヨルは業務に必要なものを建設的に説明していく対比も見事である。
『D.P. -脱走兵追跡官-』重たくなりすぎずのめり込める軽快さ
冒頭から重たい雰囲気で語ってしまったが、このドラマはテーマの割に現代的でラフな作品の印象を受けた。
その理由は、D.P.は基本ペアで行動するのだが、チョン・へイン演じるアン・ジュンホの相方となるハン・ホヨルのいい意味でのユルさが功を奏している。
ホヨルを演じたク・ギョファン(38)は、日本でも人気を誇った韓国ゾンビ映画『新感染半島 ファイナル・ステージ』でアウトローな隊長を演じた俳優。
この映画でも、一見ラフな男だが腹にイチモツある鬼才の役どころで、チャラいのか怖いのか底が見えない感じが非常にインパクトを残した。
『D.P. -脱走兵追跡官-』の第一印象も全く同じで、当初ジュンホの敵か味方がわからないところがこちらの心拍数を高めるが、生真面目で傷つきやすく真っ向勝負しか知らないジュンホに対し、世渡り上手で適当さもあり、さらにいたずらっ子の明るさを持つホヨルは良い意味でジュンホの行動抑制剤と精神的支えになっている。
ジュンホにとって最高のバディなのである。
『D.P. -脱走兵追跡官-』視聴者の心を掴む控えめだが確かなブロマンス
バディを組んだ2人のやりとりは他の作品よりは少々物足りないものの「ブロマンス」好きにはしっかり刺さる。いちゃいちゃはしないしケンカもしない。
でも、お調子者の先輩ホヨルに次第に影響され、堅物なジュンホがちょっと冗談を言ったり、捜査のために柄にもないことをしたりとすっかり翻弄されているところが絶妙にくすぐるのだ。韓国ドラマで好まれる「男同士のケミストリー」がしっかり存在している。
『D.P. -脱走兵追跡官-』すべての登場人物が心に残る
物語はジュンホとホヨル2人を中心に進んでいくが、タイプが全く異なる上官3名、イジメの中心人物、心優しき漫画オタクの先輩とその友人、脱走兵と彼らをとりまく人々、兵士たちに警察官etc…すべての登場人物が印象的だ。
最も感情移入しやすいのはD.P.2人と脱走兵だが、どのキャラクターも立場や思考を理解できるだろう。
その理由は、各キャラクターの設定が明確なのに加え、縦社会、閉ざされた組織、暴力、カースト、貧困、いじめ…と日本人でも理解できる社会問題に切り込んでいるからだと思われる。
『D.P. -脱走兵追跡官-』被害者が加害者になる悲しさと見て見ぬふりをする「傍観者たち」
捜査の中で明かされる脱走の理由は、いじめや尊厳を踏みにじられたトラウマが中心だ。
主人公や捜査の視点から見るといじめる側を敵視してしまうが、加害者たちは口を揃えて「自分も同じ目に合ってきたのに何が悪い」と言う。
日本でも同じことはよく耳にするので「いじめの負の連鎖」はテーマとして非常にわかりやすい。
一方で、ラスト6話に付けられたタイトルは「傍観者たち」。
このドラマはよくあるいじめをテーマにした作品のように傍観者にスポットライトが当たる描写は少ない。
6話も脱走兵や軍内のいじめ、事件に真っ向から向き合う人物の登場やそうしたシーンが多い。
しかし、私はドラマを完走した後にこのサブタイトルに気付いてハッとした。
1話の冒頭シーンから「誰か止めてあげられる人はいないのか」「1人でも被害者を庇えば堰を切ったように全員が盾になってあげられるのではないか」と事あるごとに思っていたのである。
そしてそれはラストの衝撃シーンでも強く沸き上がった感情だったのだ。
『D.P. -脱走兵追跡官-』「社会派ドラマ」の持つ意味と日韓の感じ方の違い
国の兵役制度の真実を私は知る術もないわけだが、実際の兵役済み韓国人男性のブログなどを見るとその経験談は様々であれ、多くがドラマを見て厳しい生活を思い出したようだった。トラウマやPTSDを発症したという人もいたという。
また、本作では短いシーンで終わっていたが、富裕層や権力者などの特別扱いも当たり前だとか、後半の上官3名と警察含む立場ある持つ者たちの利害関係描写のほうがリアルだといった声も見かけて、自分との視点の違いに納得した。
他国の私にとっては、このドラマは軍生活を視覚で学べる場であり、感情的に視聴すればヒューマンドラマ要素が強いし、社会派ドラマという点でも兵役により起こるいじめや自殺がテーマと受け取るのが一番現実味があり分かりやすいが、韓国の人たちにとってはもっと多岐にわたるテーマが散らばっていて、「社会派ドラマ」の意味合いがさらに強いのかもしれない。
そしてそれを私が理解するためにはきちんとした知識やリサーチが必要なのだなということを改めて考えさせられた。
『D.P. -脱走兵追跡官-』わたしが見ている兵役という世界
ネタバレになるので詳しくは伏せるが、このドラマは後半になればなるほど重く心が痛む展開になっていく。
勘が鋭かったり韓国ドラマに精通している視聴者は、序盤で誰がキーマンとなるのか察する方も多いだろうし、このドラマは登場人物の立ち位置が(序盤のホヨル以外は)非常に分かりやすい。
だからこそ、ドラマが伝えたい本質がストレートに伝わりやすいというのもあるが、一方でこれが本当に実際の軍隊に近いのであれば、推しが韓国にいる我々オタクが時折目にする「推しの兵役中の状況」は一体どういうわけであろうか。