もちの木
樹齢約400年のこの木は、1603年豊臣秀吉の息子である秀頼の命を受け、家臣の片桐且元が観音堂、唐門、渡廊下を移築したときに、記念に手植えしたものです。
三重塔
江戸時代初期に焼失したと言われる三重塔が、2000年、実に350年ぶりに再建されました。再建は、中世以来竹生島の宮大工を務めてこられた阿部家に残されていた設計図を参考に、古来の工法に基づいて建築されています。
(国宝)唐門および観音堂
この唐門は、先ほど「もちの木」の項で紹介した片桐且元が、京都の東山にある豊臣廟(秀吉の廟所)から移築したものです。秀吉亡きあと、徳川家康の力が強くなり、豊臣廟の縮小を与儀なくされたため、遺構を守るために秀頼はこの地に移築したと言われています。
平成18年オーストリアのエッゲンベルク城で豊臣期大坂図屏風が発見され、その中にはこの唐門が付いた極楽橋が描かれていました。極楽橋は大坂城本丸の北方にかけられていた豪華な橋で、1600年豊臣廟へ移築されたことがわかっています。屏風の絵図からも判断してこの唐門は元々大坂城にあったものであり、現存する大坂城唯一の遺構であることは間違いないとされています。
平成25年から、唐門をはじめ観音堂などは修復工事されており、残念ながら現在はその遺構を見ることができません。(修復工事は平成31年3月31日までの予定)修復工事が終わり新たに葺き替えられた檜皮葺屋根や、塗り直された堂内の絵図が見られるのを楽しみに待ちましょう。なお、工事期間中も門に続く観音堂への拝観は可能です。
(重文)舟廊下
宝厳寺の観音堂と都久夫須麻神社を結ぶ渡り廊下である舟廊下。朝鮮出兵の時の豊臣秀吉の御座船(ござぶね)「日本丸」の船櫓を利用して建てられたことからこの名前がつけられています。
都久夫須麻(つくぶすま)神社
舟廊下を渡ると、都久夫須麻神社に出ます。本殿は伏見城の遺構とされ、柱や欄間に豪華な彫刻がなされています。竜神拝所では、かわら投げができます。素焼きの小皿に願い事を書き、岩場に立つ鳥居に向けて投げ、見事鳥居をくぐれば願い事が叶うとされています。
また、このかわら投げの場所は琵琶湖を一望できるビュースポットでもありますので、宝厳寺と合わせてぜひ訪れてみてください。
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