コメディとして面白くなった理由がある本作
本作は原田マハによる同名小説を原作としているのだが、アレンジがかなり多い。原作は「日記形式」で書かれた、社会的な思想や政治的な動向を追うイメージが強かった。だが、映画では前述した「出張から帰ってきたら妻が総理になっていた」というシチュエーションからもわかる通り、はっきりとコメディとしての楽しさを大きく打ち出している。同時に「天然」で「からがいがいのある」とも言われる主人公を筆頭に、原作のキャラクターの面白さは映画でも存分に生かされていた。
谷戸豊プロデューサーも「原作はお堅い政治モノというよりも、いきなりファーストジェントルマンに祭り上げられてしまう夫の姿を描くコミカルな作品」「何より1組の夫婦を描く普遍的なお話だとも思いました」と語っており、その目論見が見事に達成できていることは、実際の本編を見てもわかるだろう。
何しろ、コメディ要素は短絡的なギャグに始終するのではなく、「勘違い」や「すれ違い」も重視した「頭が良い人が作っている」と心から思えるクレバーなものになっている。しかも、それらが笑えるだけでなく「敵の策略にハマりかけてしまう」サスペンスや、「夫婦間のすれ違い」という切実なドラマにもつながっているのも上手い。
女性総理という劇的な環境の変化に巻き込まれていくコミカルなパート、中盤の政治パート、最後の夫婦パート、それぞれのバランスも見事で、エンターテインメントとして飽きずに楽しめるはずだ。
入念なリサーチの上に成り立った脚本
脚本そのものにも実に手が混んでいる。例えば、女性総理のキャラクターに説得力を持たせるために政治家、ジャーナリスト、新聞記者にも入念に取材を重ねた他、いわゆる政界とは無縁の一般女性にも積極的に話を聞いたそう。
さらに「もしも本当に日本に女性総理が誕生したら、マスコミやメディアはどんな反応をするのか?」「女性たちの琴線に触れるポイントはどこなのか?」さまざまな角度の意見を取り入れながら、日々脚本をブラッシュアップしていたのだそうだ。
コメディ主体の作品でありながら、女性の社会進出や、ジェンダー観などに真面目に向き合った作品になったのは、そうした入念なリサーチのおかげだろう。中盤で「女性の性的魅力を武器にする」というシーンはあるものの、それは間違ったものと描かれているし、何よりその後の女性たちを(男性も)を鼓舞するメッセージは実に感動的だった。
この脚本を手がけたのは、『ヒノマルソウル 舞台裏の英雄たち』(21)の杉原憲明と、新海誠監督のアニメ映画『言の葉の庭』(13)で脚本協力をしていた松田沙也。さらにコメディ作品を多く手がけていた河合勇人監督も脚本作りにガッツリと関わったことで、ウェットになりすぎない、テンポのいい脚本の輪郭が濃くなったのそうだ。その『ヒノマルソウル』も欺瞞にならない物語の構築力が素晴らしい内容だったので、合わせて観てみると、より誠実に「物語」に向き合うクリエイターであることがわかるだろう。