江の島弁財天道標(えのしまべんざいてんどうひょう)

さて、お次は「江の島弁財天道標(えのしまべんざいてんどうひょう)」です。

【藤沢宿】東海道五十三次の宿場町をじっくりみてみよう
(画像=えいぶゆう/TossyPhoto トリップノートより引用)

名前の通りで、江ノ島に行く人が、道に迷わないように案内の道しるべとして作られたものです。

こういった、道端にある道しるべって、素通りしてしまいますが、じっくり見ると実は面白いんです。よ~く見ていただくと、この道しるべは、掘られている文字をしっかり判別することができます。これ、なんでかおわかりですか?

実は眼が不自由な方でも、識別できるようにわざと深く文字を掘ってるからです。

文字には、江の島に祀られている弁天様をあらわす梵字が掘られています。目が不自由な人でもその深く掘られた梵字をさわって、「ああ、江の島に向かっているのだな」と確認したのでしょう。

道しるべを寄贈した人が偉人だった!

目の不自由な方のために深く文字がきざまれてますが、これを寄贈した方は「杉山 和一(すぎやま わいち)」という人で、1600年代の方です。この方がなんと世界発の視覚障碍者の教育施設を作った方なんです。

この方自身が、小さい時に病気で視力を失ってしまい、しかし生きていくために手に職をつけなければならず、方々に弟子入りをしました。ところが、残念ながらこのかた、とっても不器用な方だったよう。

逸話は落語で伝わってるので、もしかしたら若干盛られているのかもしれませんが、彼は自分の不器用さを神頼みして解決しようと思い立ち、江ノ島の弁天様に参拝にきました。その時、彼は鍼術を何とか上達させたいと思っていました。弁天様にお参りしたのち、奇跡なのか木の葉に包まれた松葉が身体に触れたことで現代にも通じる鍼術を編み出したとされています。

江島杉山神社(えじますぎやまじんじゃ)とのつながり

その後、彼は鍼治療の権威となりました。不器用だった彼は弁天様のご加護もあってか、なんと徳川綱吉の病気を治すまでの腕前になりました。これはとんでもない大出世です。

彼は東京の墨田区に土地を与えられました。そこに自宅と、世界発の視覚障碍者の教育施設を作ったのです。さらにさらに、敷地内に「江島杉山神社(えじますぎやまじんじゃ)」を創建しました。

江ノ島が入ってるのでおわかりですよね。江ノ島の弁天様のご加護を敷地に取り入れたんですね。

蔵まえギャラリー(くらまえぎゃらりー)

こちらは、蔵まえギャラリーというところです。江ノ島に参詣する人々が歩いた道沿いに、土蔵造りの家があります。ここは江戸時代に年貢米を納入する蔵がありました。

【藤沢宿】東海道五十三次の宿場町をじっくりみてみよう
(画像=えいぶゆう/TossyPhoto トリップノートより引用)

この建物は、昭和6年くらいに建てられたお米屋さんの建物で、現在はアートスペースとして使われています。

白山神社(はくさんじんじゃ)

次は白山神社(はくさんじんじゃ)です。実は藤沢市には、白山神社という同名の神社が複数あります。

【藤沢宿】東海道五十三次の宿場町をじっくりみてみよう
(画像=えいぶゆう/TossyPhoto トリップノートより引用)

諸説ありますが、これらは白山信仰(はくさんしんこう)の神社です。白山とは山の名前で、富士山、立山、そして白山が日本三大霊山と言われています。

【藤沢宿】東海道五十三次の宿場町をじっくりみてみよう
(画像=PIXTA トリップノートより引用)

実は、白山信仰は武力を持っており、『平家物語』では白山信仰の僧兵が登場しています。勢力MAXの時にはなんと、8千人くらい僧兵がいたそうですよ。

願いが叶う自動販売機

ついでに、東海道とは関係ありませんが、かつてネットで微妙に有名になった「願いが叶う自動販売機」があります。ただ・・・売ってるものは普通です!

【藤沢宿】東海道五十三次の宿場町をじっくりみてみよう
(画像=えいぶゆう/TossyPhoto トリップノートより引用)

「テスト・スポーツ大会、その他、お出かけの際には一度お試しください」とありますので、ここを訪れた際の水分補給に、ぜひ利用してみては?

砂山観音堂(すなやまかんのんどう)

次は、砂山観音堂(すなやまかんのんどう)です。別名、金砂山観音堂(きんしゃさかんのんどう)とも呼ばれています。小高いところにあるお堂です。

【藤沢宿】東海道五十三次の宿場町をじっくりみてみよう
(画像=えいぶゆう/TossyPhoto トリップノートより引用)

江戸時代には、この付近一帯は見渡す限りの砂原でした。ちょっと高さがある土地にあるお堂は、周囲から目立つポイントでした。そのため、東海道のちょっとしたランドマークとして目印になっていました。

観音堂ということで、ここには観音様がいらっしゃいます。帯解(おびとけ)観音と呼ばれおり、お子さんに帯を結ぶ成長を祝う行事の「帯解」の観音様です。そのため女性の参拝客が多いのが特徴です。

ちなみに、明治時代に一度このお堂がなくなってしまった時がありました。一旦他の場所に移設したのですが、移転先で40年くらいたったあと、とある人の夢枕に観音様がでてきました。「ちょっと申し訳ないんすけど、やっぱ元の場所にもどりたい!」と観音様じきじきに強い要望があったようです。

当時、妊婦さんやママさんたちに、いろいろな不幸が続いた時代でした。地域信仰として根付いていたので、この厄災をとめるためには、観音様のご希望を叶えなくては!と町内活動になり、みんなで寄付を集めて、元の場所に戻したそうですよ。

江島神社一の鳥居跡・高札場跡

砂山観音堂から少し進んだ遊行寺橋の手前には、浮世絵にもでてくる鳥居があった場所になります。江ノ島の参拝のための一の鳥居となっていました。

【藤沢宿】東海道五十三次の宿場町をじっくりみてみよう
(画像=commons.wikimedia.org トリップノートより引用)

また、江戸幕府からの法令、通達を知らせるための高札場(コウサツバ)が立っていました。現代で言うところの掲示板ですね。

【藤沢宿】東海道五十三次の宿場町をじっくりみてみよう
(画像=えいぶゆう/TossyPhoto トリップノートより引用)

遊行寺橋(ゆぎょうじばし)

この赤い橋は「遊行寺橋(ゆぎょうじばし)」です。その昔は「大鋸橋(だいぎりばし)」と呼ばれていました。

【藤沢宿】東海道五十三次の宿場町をじっくりみてみよう
(画像=えいぶゆう/TossyPhoto トリップノートより引用)

江戸時代に描かれた浮世絵には、この場所がよく登場します。

【藤沢宿】東海道五十三次の宿場町をじっくりみてみよう
(画像=commons.wikimedia.org トリップノートより引用)

このあたりに、室町時代から材木から板をつくる大鋸引(おおがびき)という職人が住んでいたことから、大鋸橋と名づけられたといわれています。

材木から板をつくる職人さんなのですが、大きいノコギリで木を切るっていう風景は浮世絵にも残っています。当時の仕事ぶりがうかがえて感慨深いですよね。

【藤沢宿】東海道五十三次の宿場町をじっくりみてみよう
(画像=commons.wikimedia.org トリップノートより引用)

ふじさわ宿交流館

そして今日のゴール、ふじさわ宿交流館です。

【藤沢宿】東海道五十三次の宿場町をじっくりみてみよう
(画像=えいぶゆう/TossyPhoto トリップノートより引用)

藤沢宿に関する様々な資料の展示や、イベント開催を行っています。

さいごに

藤沢宿は、ディープに史跡を見ていくとまだまだ紹介すべきところがあります!機会があったら、ぜひ訪れてみてくださいね!

提供・トリップノート



【こちらの記事も読まれています】
【豊洲】「チームラボ プラネッツ」徹底ガイド!お台場との違いは?
東京のブルックリン!蔵前で行きたい散策スポット・お店16選
【静岡】本当は広めたくない!柿田川湧水公園の神聖な見どころ5選
京都・嵐山の人気観光スポットTOP15!旅行好きが行っている観光地ランキング
【滋賀】SNS映えしそう!長浜のおすすめ観光スポット・お店10選