40代後半になって、それまで浮気のひとつもしなかった男性がいきなり恋に落ちてしまうことがある。
分別が利くはずの年齢、守るものがたくさんある年齢になって、なぜ恋の“泥沼”に自ら飛び込んでしまうのだろう。
恋をしたことがなかったと気づいて
「私なりに人生は順調だったと思っていました。だけどふと気づいたら、何か決定的なものが欠けているような気がした。そんなふうに思ったのは47歳のときでした」
ヨシフミさん(49歳)は淡々とそう言った。会社員にとって、この先がなんとなく見えてくる年齢なのだろう。たいした出世もできなかったけれど、ごく普通の家庭をもって子どもを育て、中古だけどマンションも購入した。平凡に暮らして平凡に死んでいくのだ、自分の父のように。彼はそう思っていたという。
「ちょうど80歳の父が亡くなったこともあって、なんとなく人生を振り返っていたんです。父は持病もなく元気だったんですが、ある場所で倒れて……。そのある場所というのが、“恋人”の家だったんですよ。しかも近所の50代の女性が相手だった。
それで残った母とその人とが揉めて大変でした。ただ、私は父を羨(うらや)ましいと思ったんです。その年齢でも好きな人がいたなんて。母には言えませんが」
自分に決定的に欠けているものは“恋”だとヨシフミさんは感じた。
友人の結婚式で知り合った女性と2年つきあって結婚したのは29歳のとき。正直言えば、大好きだから結婚したというよりは、「ちょうどいいタイミングでちょうどいい人が目の前にいた」ということだったと彼は言う。
「ごく普通の人生だったんです」
家族の食卓 現在は大学生の息子と高校生の娘がいる。妻とは大きな諍(いさか)いもないし、いい家庭を作ってきたと思っている。もちろん、それは妻のおかげだとも感じているそうだ。
「つまりは、ごく普通の人生だったんです」
父が亡くなってそんな騒動があり、恋をしたいなと漠然(ばくぜん)と思った。すでに子どもたちも大きい。自分が軽い恋をするくらいは許されるのではないか、いや、むしろこの年齢で恋などできないに違いないと、彼の心は揺れた。
「不倫なんてしたら会社員としてまずいですしね。家庭が崩壊するのはまったく望んでいないし。結局、私のような器の小さい人間は結婚後、恋なんてできないと自分に言い聞かせ、それで納得もしていました」
長い社会人生活の中で、気になる女性がいなかったわけではない。だが実際にデートすることさえできなかった。それでいいと思っていた。
地元での同窓会で好きだった女性に再会
48歳になる直前、実家近くで高校の同窓会があった。父の葬儀に来てくれた地元の友人もいたが、それ以外はほとんどの同窓生には会っていない。実家でひとり暮らしている母を訪ねながら同窓会に出ようと決めた。
「そこで再会したんですよ、昔好きだったケイコに。
といっても私の片思いのまま卒業してしまった。彼女は地元の短大に行き、私は東京の大学へ進学したから、それきり接点はなくて。30年ぶりに会いましたが、彼女は変わらずきれいだった」
ヨシフミさんは少し遠い目になる。そして、「いや、当時より今のほうがずっときれいで」と付け加えた。
彼はケイコさんの息子と娘が東京にいるため、彼女がときどき上京していることを知った。今度来たらご飯でもと軽く誘うと、ケイコさんの顔が輝いたという。