“名優・市村正親の妻”としての信頼感もあった
一般的には女性は結婚したら仕事をセーブするイメージがあるが、篠原涼子は逆に結婚と同時に俳優として飛躍した。むろん彼女の才能あってのことだが、“名優・市村正親の妻”という肩書は篠原涼子にとっては俳優としての信頼感まで高めたのである。まさに仕事と結婚の一石二鳥であった。
出産時はその勢いは止まるが、第2子を出産した後に主演した「ラスト・シンデレラ」(13年 フジテレビ)は「anego」路線で華麗に復活。サバサバし過ぎてひげが生えてきてしまうほど仕事にのめり込んできた女性がふいに同世代の男(藤木直人)と年下の男(三浦春馬)の間で心揺らし、女性の輝きを取り戻していく。働き過ぎて潤いがなくなっていくことを心配する女性たちに向けたエールのようなドラマは絶大な支持を得た。
市村は50年近く演劇界のトップランナーでい続ける
市村のほうも、2004年には森繁久彌の当たり役で有名なミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」を引き継ぐという大役を射止め、仕事は順調だった。だが14年、市村に癌がみつかり舞台やドラマを降板する。
病を克服したあとは、闘病以前と変わらず精力的に演劇活動を続けている市村。「NINAGAWA・マクベス」は海外公演も好評で、黒澤明の映画のミュージカル化「生きる」では晩年を迎えた人間の哀愁を演じた。市村演じるマクベスの栄華を誇った人物の人生の終焉の深さは格別。
ふだん舞台を見ない人も、バラエティー番組「鶴瓶の家族に乾杯」に出演したおり、地方の芝居小屋で「トゥモロウ・スピーチ」と言われるマクベスの有名な長ゼリフ(映画「ノマドランド」でも引用されるセリフ)を語った姿を見た人は多いのではないだろうか。あの深みは一度、死に近づいた者だからこそのセリフの真実味なのかもしれない。
二十代から劇団四季で活躍、退団後もミュージカル「ミス・サイゴン」や「ラ・カージュ・オ・フォール」などに主演して七十代まで50年近く演劇界のトップランナーでい続ける市村正親。俳優は年をとったらとった分だけ演じられる役があり、その人の生きた年齢が生かされる職業であることを体現するように60代後半でますます凄みが出てきた印象がある。