自分の体験を言葉にしていけたら
――ポテト、バラキさん、ゼラチンなど、個性的な人物たちがかなり細やかなエピソードと共に生き生きと描かれています。ポテトのエピソードは、つらい体験でしたね。
ペス山:あの時の芋掘り用のスコップが今も住んでいる実家の物置にまだあったんですよ。これだこれだ!と思って描いたんですけど。小学校の頃の記憶の中でもだいぶ鮮烈な思い出なので、描けてよかったなと思います。
――「スーパーの野菜みたいなもの」という表現が、非常にわかりやすく的確だと思いました。
ペス山:よかったです。今フェミニズム関係っていろんな人がめちゃくちゃ的確に言語化してるじゃないですか。現在進行形で。なんとか自分の体験を言葉にしていけたら、いろんな人が自分の気持ちや感覚を伝える手助けにもなるのかなと。
母親との嫌な思い出を打ち消して上書きしない方がいい
――最終話でのお母さんのコートのエピソードには、どんな思いが込められているのでしょうか。
ペス山:母との関係はほんとに難しくて。子供のころは正直母はずっと恐怖の対象でしかなくて。風邪の時優しいから、ずっと風邪ひいていたいと思ってました(笑)。よく早退してたんですよね。たぶん甘えたかったんだと思うんですけど。 でも早退すると怒られるようになっちゃって、風邪ひいてもダメだ!と。そういう厳しめの関係だったんですよね。
大きくなるにつれなんとか改善して…ほんとに大変でした。毒親一歩手前みたいなことだったと思うんですけど、毒親ってレッテル張るよりは、毒親的行動って使った方がいいのかな。親の行動を自分の中でスパっと断罪するのは、すごいいいことだと思っていて。「でもお母さんにもいいとこあるよな」って、母親との嫌な思い出を打ち消して上書きしない方がいいっていう意味を込めたくて描きました。