男尊女卑と家父長制への抵抗としての秘密の暴露
最終盤、新時代を担う存在として登場した西郷隆盛がこだわったのも、性と権力の問題であった。勝海舟との会談で、西郷はこう語る。
「かつて日本が女達ばかりで治められてきたという歴史を西欧列強に知られればますます日本人は未開の地の蛮族じゃと蔑まれてしまいもうす!」
「女に作られた恥ずべき歴史を無かった事にするためには徳川を徹底的に潰さなならんのです!!」
そしてこれは「秘密」の取り扱いを自らが引き受けることによって、権力が己の元にあることを誇示する言動でもある。ここにおいてもなお権力と秘密は一蓮托生なのであった。
そして女将軍たちの物語は闇へと葬られ、再び女は権力の場から排除されていく。西郷が語る強烈な男尊女卑思想は、やがてこの国のスタンダードとなって、150年後を生きる私たちをも苦しめ続けることだろう。
だがしかし よしなが大奥は、最後に一筋の希望を描いていた。それが冒頭で紹介した胤篤と津田梅子のやりとりだ。
「この国はかつて代々女が将軍の座に就いていたのでございますよ…」
胤篤がやってみせたのは秘密の暴露にほかならない。それはすなわち徳川の秘密を引き受けることで正統性を獲得した明治新政府の権力を相対化させる行いですらある。
その内容も家父長制を全否定するものであり、また、徳川家でも天皇家でも薩長のエリートでもない津田梅子に、「国を動かす人物になるのはあなた達ご自身でございます!」と語りかける胤篤は、西郷などよりもずっと未来を見ていたのだ。つまり、情報はあまねく共有され、性や血による差別はない、真に民主的な世界である。
そしてその実現を、胤篤は次世代へと委ねたのが、ラストシーンで描かれたことのすべてである。13代将軍・家定の時代に老中・阿部正弘が蒔いた種──情報公開と実力主義──も、こうして受け継がれていったのだ。
『大奥』が予言していたこと
しかし現代に生きるわれわれは、それらが今もなお実現されていないことを知っている。ここ数年のあいだでさえ、時の政権トップによって自らに不都合な情報が隠蔽され、年老いた権力者の口からは平然と男女差別の言葉が垂れ流された。さらにいうならば民主主義の現代ですら世襲の政治家が大半を占めるのはいったいなぜなのか。
よしなが大奥は、権力を取り扱う際に「絶対にやってはいけないこと」の見本市でもあった。「男女逆転」というギミックは、それらを際立たせるための舞台装置だったのである。
ジェンダー、政治、加えて疫病と、『大奥』はまるで予言の書のように、極めて今日的なテーマを描いてきた。2004年に連載が始まったこの作品が捉えていた射程の大きさに、今さらながら愕然(がくぜん)とさせられる。そして最後に描かれた美しい希望。
現在と歴史とは地続きであり、その希望は今も生き続けていることを、そして私たち自身もまた歴史の当事者であることを、読む者は強く思い知らされるだろう。『ベルサイユのばら』、『日出処の天子』、あるいは萩尾望都の諸作品のように、『大奥』もまたこれから何十年にも渡って、広く読み継がれていくであろうことを確信するばかりである。
<文/小田真琴>
【小田真琴】女子マンガ研究家。主に女性誌やウェブで大人の女性向けのマンガ=女子マンガを紹介。2017年TBS「マツコの知らない世界」出演。Twitter @makoto_oda
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