IOC(国際オリンピック委員会)が東京オリンピック開催をあきらめません、少なくともバッハ会長の発言はいつも強気。

 コロナ禍が収束しない状況での開催が危ぶまれる中、マライ・メントラインさん(ドイツ公共テレビプロデューサー)は、日本で暮らすドイツ人として「マジで迷惑してます」と訴えます。ドイツのいかなる土壌から「ぼったくり男爵」が形成されたのか、解説します(以下、マライ・メントラインさんの寄稿)。

本質を的確に突いたあだ名「ぼったくり男爵」

 IOCのトーマス・バッハ会長は、そのあからさまな無神経発言によって、東京オリンピックの「公式悪役キャラ」の座をゲットしたといってもよい存在です。

 彼はよりによってドイツ人であり、あの無神経さについては欧州あるある的な文脈から説明可能な面があったりするのですが、それを超えて、歴史的豆知識を恣意的(しいてき)に援用しつつ「これだからドイツ人って生物は信用ならんのだ!」みたくドイツ人全体に対する嫌悪感を煽るような疑似知識人がネットで跋扈(ばっこ)したりするんで、マジで迷惑してます。

彼に付けられた「ぼったくり男爵」というあだ名、あれはワシントン・ポスト紙のコラムでの「Baron von Ripper-off」という呼称の直訳であり、とにかく秀逸です。ご存知の方も多いでしょうけど「von」フォンというのはドイツ貴族の伝統的称号で、ここで重要なのは、実際にはバッハ会長が男爵でも貴族でもないこと、そしてその上で、彼のキャラ的な本質を的確に突いていることです。欧州の社会的文脈を踏まえた見事なアメリカン皮肉と申せましょう。

 バッハ会長の人生アウトラインについては日本語ウィキペディアに簡潔にまとまっています。端的に言えば上昇志向の強い成り上がり系で、そのカテゴリの人間としては文句なしの成功を収めた部類ですね。  さまざまな情報およびビジュアルから窺(うかが)える印象を総合するに、彼の人生の最大目的は上流階級への仲間入りで、上流といえば欧州の場合、領域によって濃淡があるとはいえ、今なお「伝統社会の貴族ネットワーク」の隠然たる影響力をベースにあれこれ蠢(うごめ)いているのがポイントです。

 家柄的に貴族ではないけど貴族サークルに入りたい! そしてあわよくばその地位を活かして社会でブイブイいわせたい! というのがバッハ氏の人生の前半期のモチベーションであり、ゆえに「ぼったくり男爵」というのは、その内面のイタい虚飾性を見事に突いた表現なわけです。『Bild』のようなドイツのタブロイド大衆紙がこの表現を知ったら、即採用すること間違いなしでしょう。

ドイツで「学歴詐称」事案がやたら多い理由

 また、ドイツ人としての日常的視点から「あーやっぱりね」と感じるのは、彼の博士号取得とそれに続く産業界・政界への食い込み展開の鮮やかさです。

 ドイツは「博士大国」であり、他の欧州諸国に比べても、博士号を持っているだけで支配的・権威的なポジションに就きやすいという特色があります。これはドイツ社会の学識偏重や権威主義的な伝統と深くかかわる部分で、本来はその人の知的精神的スキルの実績的な証明として機能するはずなのですが、実際には「支配的ポジションに就きやすくなるため、なるべく手っ取り早く博士号を得る」という本末転倒な事態がしばしば見られます。  日本のネットニュースの国際面の片隅に載ることもありますけど、ドイツ政界のスキャンダルで「学歴詐称」事案がやたら多い理由はズバリこれ、要するに博士号取得の際の不正なんですね。

 ただしバッハ会長の場合、彼の法学博士号とそれに付随するスキルは、一応ちゃんとしたものだと思われます。でないとそのあとの野望の達成に支障をきたしますし。洋の東西を問わず、強力な知能と結合した欲求はそのへんぬかりないのです。

『女子SPA!』より引用
(画像=『女子SPA!』より引用)