心を燃やせ。

このフレーズに胸打たれた人が、どれほどいたでしょうか。

 

劇場版『鬼滅の刃 無限列車編』は未曾有の大ヒット。中でも燃え盛る炎のような髪型が特徴的な煉獄さんの元で働きたいと、理想の上司像に重ねて視聴した方も多いかと思います。

 

しかし、なぜファンタジー作品であるはずの鬼滅の刃が、こうもリアリティを持ってとっくに成人した我々の心をも突き刺すのか。その答えを少しだけたぐりたいと思います。

 

味方の鬼殺隊も労働環境は劣悪

一応ストーリーをざっくりおさらいしますと『鬼滅の刃』は鬼と、それを狩る鬼殺隊の戦いを巡る物語です。主人公の竈門炭治郎(かまど・たんじろう)は、家族のほとんどを鬼に殺され、唯一生き残った妹も鬼にされてしまいます。

妹を人間に戻すべく、炭治郎は鬼狩りを通じてヒントを探していくわけです……が、ここで注目したいのが組織図です。

 

炭治郎が属する鬼殺隊は、政府公認組織ではありません。しかし、政府ともパイプがある産屋敷家がスポンサーになっており、そのおかげで炭治郎にも給料が支払われています。つまり、組織で決裁権を持っているのは産屋敷一族なのです。

 

では、この産屋敷家が戦国武将よろしく最前線で戦うかというと、そうはいきません。というのも、産屋敷家は呪いによって代々若くして死んでしまう、病弱一族だからです。そこで最前線に立つのが、「柱」と呼ばれるエリート剣士たち。

 

炭治郎のような新卒の剣士も強い鬼を倒すと徐々に出世し、柱を目指せます。完全実力主義の組織のため、最短で「刀を握って2ヵ月で柱になった」剣士までいます。一方、離職率……というか鬼との戦闘による致死率もなかなかに高く、平社員の鬼殺隊員たちは、戦闘中に紙きれのように死んでいきます。
 

 

ここまでを振り返ると、味方チームであるはずの鬼殺隊が結構なブラック組織であることが分かります。時代設定が大正なので、人権意識もへったくれもないかもしれませんが、それにしても鬼殺隊なんて入らずに農民をやっていたほうが長生きできそうなのは確かです。

 

それでも鬼殺隊員が多いのは、鬼に殺された遺族や、孤児が多いからです。や、やりがい搾取じゃん……と、思ったのは私だけではないですよね、よね?

 

決裁権のない中間管理職としての「柱」

 

特に幹部である柱は、決裁権もないのに最前線に立たされるという、うまみのない中間管理職です。部下からは尊敬されますが、尊敬だけでやっていける労働条件じゃありません。

 

いくら強いと言われても幹部クラスの鬼と戦えば柱も命は危ないわけで、柱の平均年齢は10~20代前半。なお、大正時代の平均寿命は43歳。道半ばで死にすぎです。

 

劇場版で活躍する煉獄さんも20歳ですが、柱として最高の働きぶりをします。詳しくはネタバレになるのでぼかした表現をしますが、

 

「褒めて伸ばす」

「部下に見栄えのいい場面を譲る」

「自分が一番面倒なタスクを引き受ける」

「知らないことは知らないと無知を認める」

「部下を第一に守る」

「引継ぎをしっかりする」

 

など、上司としてこれ以上ない素質を見せてくれます。それを実現しているのが、煉獄さんの視座の高さです。

 

煉獄さんは一族を鬼に殺されたわけでも、孤児でもありません。むしろエリート家系に育った人間です。しかし、親から「強く生まれたなら、弱いものを守れ。それが強者の義務だ」とノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)を叩きこまれています。

 

そのため、煉獄さんは給与条件がどう考えても労働環境に合っていなさそうでも、さらに決裁権がなくても、バリバリ働きます。視座の高い社員は、どんな企業でも手に入れがたい資産です。

 

作中では、産屋敷家の人間がいい人ばかりだったので、なんとか組織として成立していた面があるかと思います。しかし煉獄さんは、たとえ産屋敷一族がクソを煮詰めたような悪人の集まりでも、同じ働きぶりを見せたでしょう。なぜなら彼は、人間関係を視座に働いていないからです。こんな社員、欲しい。と、どの社長も思うに違いありません。