岡山県にある吉備津神社は、昔話で有名な「桃太郎」のモデルとなった、 吉備津彦命の温羅(うら)退治の神話が残る神社。本殿の比翼入母屋造は国宝に指定されており、日本で唯一の様式で建てられた珍しい建物です。さらに、古来から神の山と崇められてきた山、吉備中山を背後に建つ吉備津神社は、縁結び、夫婦円満、安産育児、長寿、金運、収入アップなど、人生を豊かにするご利益が、いっぱい!360mの長い回廊も必見です。そんな、見どころ沢山の吉備津神社をご紹介します。
吉備津神社の由来
吉備津神社について
岡山県岡山市にある吉備津神社の主祭神は、大吉備津彦大神。大吉備津彦大神はこの地方を平定し、吉備国開拓の大祖神として尊崇されてきました。
吉備津神社の歴史
実は、吉備津神社がいつ頃、誰によって造られたかは、文献などが無く、はっきりとした事は分かっていないそうです。
所説ありますが、吉備津彦命から5代目の孫がお祀りしたと言われる説や、また吉備津彦命の異母弟、若日子建吉備津彦命から3代目の孫が社殿を造りお祀りしたと言われる説。
さらに、仁徳天皇が吉備海部直の娘である黒媛を慕ってこの地に行幸したときに、吉備津彦の功績を聞き、称えるために社殿を造り、お祀りしたという説もあります。
真実が分からないのが、もどかしく、でも歴史の面白いところでもありますね。
神山のふもとに建つ吉備津神社
吉備津神社の背後には吉備中山という、古来より神を祀っている山があります。中山には巨大な神を祭る石「天津磐座」や、神域を示す列石「磐境」などがあり、山全体が神の山として崇敬されてきました。
吉備津彦命もこの山に祈り吉備国を平定したそうです。山には茶臼山古墳があり、そちらに吉備津彦命も眠っているそう。
桃太郎伝説のルーツ!吉備津彦の温羅(うら)退治
皆さんご存知の日本昔話の「桃太郎」。実はこの桃太郎伝説のルーツと言われる神話が吉備津神社に残っています。
むかしむかし、異国より吉備国に空を飛んでやってきた男は、温羅(うら)といい、目つきが悪く、髪は赤、大男にして腕力が強く、性格は荒々しい。温羅は船や、婦人、子供を襲い、恐れられていました。そこへ、吉備津彦命が朝廷より派遣され、温羅(うら)を見事に退治、町に平和が戻りました。
猿、犬、キジは出てきませんが、鬼退治のストーリーは、大方同じですね。岡山県総社市には、鬼ノ城と呼ばれるお城跡があったりするので、桃太郎伝説のルーツは岡山にあったのではないでしょうか。