ドラマ、演劇、映画を中心に多数のインタビューやコラムを手掛けるフリーライター横川良明が、「推し」が人生に与えてくれたものを紹介。“推し”に出会って変わったこととは……?

 

突然ですが、皆さんは「青学」という2文字を見たとき、何と読みますか。

これを「あおがく」と読んだ方、分かります。いいですよね、青山学院大学。今年の箱根駅伝の復路の追い上げには感動しましたし、桑田佳祐からにしおかすみこまで輩出した有名人は数知れず。

表参道でキャンパスライフというだけで、地方出身の僕からするとひれ伏したくなるオーラがあります。

にもかかわらず、「青学」の2文字を見て、つい「せいがく」と読んでしまうのが今の僕。

それだけではありません。「OL」は「オフィスレディ」ではなくて「おっさんずラブ」だし、「審神者」なんて難読漢字をさらりと「さにわ」と読めてしまうのです。

なぜなら僕はオタクだから。

推しとは何か 横川良明

僕は、いわゆる若手俳優オタク。芝居に情熱を燃やす若手俳優を追いかけて、ドラマから舞台まで首を突っ込む節操のない毎日を送っています。

そんな僕にとって青学(せいがく)はミュージカル『テニスの王子様』の青春学園だし、OLは教典。審神者と聞けば、「刀剣乱舞 つ~よくつ~よく~♪」と歌いだしてしまうのは必然のことなのです。

と言っても、僕のオタク歴はざっくり数えてまだ6年ほど。いわゆる“沼”にどっぷり漬かることになったのは、“推し”と出会ってからでした。

僕の推しは、とある舞台俳優さん。そこをきっかけに、いろんな俳優を軽率に推し始めるようになり、気づけばその月振り込まれた原稿料がそのままチケット代やらグッズ代やらに消える毎日に。貯金は貯まりませんが、幸福度指数は爆上がりしている。

なぜ推しがいる人生は幸せなのか。推しと出会って変わった3つのことを紹介します。

 

【1】不毛な比べ合いをしなくなった

売れている同業者の活躍を見るたびに「明日から手に取るサランラップの切れ目が全部くっついて剥がれなくなりますように」と呪いをかける。

数年前までの僕はとにかく人の成功をひがんで、妬んでばかりの人生でした。

Twitterを開くと、次々溢れてくる同業者たちの仕事充実系ツイート。負けじと僕も「こんな仕事をしました!」とアピールしてみるものの、なんだかむなしい。

思わずFacebookに避難したら、今度は地元の同級生が出産報告をアップしている。僕がベートーヴェンなら「地獄」ってタイトルで1曲作れそうな気分です。

推しとは何か 横川良明

とにかくいつも誰かと比べては、自分に足りないものばかりを数え、みじめな気持ちになっている。自分は自分でいいものを持っているのに、周りの評価にばかり気がとられて、ちゃんと目を向けられない。

底の破れたバケツに水を注ぎ続けるような徒労感が常に体の内側に張り付いていました。

それが、推しができてからというもの、まったく比べ合いをしなくなった。なぜなら、そんなことに時間と労力を使っている余裕などないからです! 

他人のSNSを見てしょげている時間があるなら、やたら更新頻度の高い推しのストーリーズをチェックするし、過去の出演作を掘り起こしたりインタビューを読み返すのに必死。

いつまでもあると思うな、親と推し。競争の激しい芸能界で、いつ推しがステージから降りる日が来るかなど、僕たち一般人にはあずかり知らぬこと。

ならば、推せるうちに推すのがオタクの務め。不毛な嫉妬や劣等感に振り回されている暇などないのです。

推しとは何か 横川良明

推しという大切なものができたことで、逆に大切でないものが明確になった、と言った方が正確かもしれません。そして、自分が今までさして大切でないものにどれだけメンタルを削られていたかを知った。

ネガティブな感情に身を浸して自分を痛めつけるくらいなら、好きという感情に身を委ね推しを愛でよう。僕が比べ合い地獄から脱出できたのは、そうやって気持ちを切り替えることができたからでした。

【2】仕事のモチベーションが明確になった

皆さんは「なぜ働いているの?」と聞かれたら何と答えますか? 自己実現や自己成長のため? 事業への貢献や社会課題の解決のため? あるいはシンプルに、生活や家族のため?

たぶん答えは十人十色だと思いますし、そのどれ一つとして間違いではないと思います。

僕自身は、長らく自己実現派でした。もっと売れたい。もっとこんなことができるようになりたい。そのためにもっと成長して、もっと大きくなりたい。次々と溢れる「もっと、もっと」。

もちろんそうした野心は分かりやすいエネルギー源となりますし、実際、むき出しの向上心が原動力になっていた時期があることは間違いありません。

けれど、あるタイミングからちょっとずつ常にガス欠状態になっていた。無理やりぶち込んだ少量のガソリンでこれまでと同じエンジンをまわしている感じ。

だからすぐに息が上がるし、どんどん疲れてくる。その時、知ったのです。人は、ずっと自分一人のためだけに頑張れないということを。

もちろん個人個人で違うと思いますが、少なくとも僕の場合はある段階で自己実現とか自己成長という人参をぶら下げるだけじゃ走れなくなった。

正直、30を過ぎていつまでも限界突破とか新しい挑戦とか求められても、「オッス、オラ悟空じゃねえ」って気になる。強いやつがいっぱいいてもワクワクしねえ。

推しとは何か 横川良明

そこで取って代わるように現れた新しいモチベーションが、推しのためでした。

締め切りが続いて昼も夜もないときも、原稿料をチケット代に換算して、「これでチケット3枚分……!」と唱えれば踏ん張れたし、「このあとソワレなんで!」と思うだけでハードスケジュールな1日も鼻歌で乗り越えられた。

人によっては、「知り合いでもない推しのために働いてどうするの?」とお思いになるかもしれませんが、モチベーションが何だろうとちゃんと税金も収めてるし経済もまわしてるし、ほっといてほしい。

人は自分のためじゃなく、他人のために動いた方が、より大きな力を引き出せると知ったのは、推しと出会ってからでした。