さみしさを感じたときにはどのように対処すればいいのでしょうか? さみしいという感情は心理学の視点から見ると、人類の生存確率を高める大事な機能だといいます。さらに、ひとりでいる時間は仏教の視点から見ると、自身を調える重要な時間だとか。人と人とが簡単につながれる現代だからこそ、「さみしい」について改めて考えてみませんか。
本当はひとりで過ごしたかったのに、「さみしい人」だと思われたくなかったから――。そんな風に自分の気持ちに嘘をつきながら過ごす時間を心の底から楽しむことは、難しいのではないかと思います。むしろ、それがストレスの要因になってしまうことも。
そもそも、ひとりは本当にさみしいもの? そして、さみしいという感情はそんなに悪いもの?
ここでは、周りの声に惑わされず、自分の前向きな意志で「ひとり」を楽しむために、さみしいという感情について心理学と仏教の視点から紐解いてみます。
■「さみしい」は、生存本能として備わった感情
世間ではマイナスなものとしてとらえられがちな「さみしい」という感情。でも、私たちはこの感情について、“なんとなく”しか知りません。そもそも、さみしいとはどんな感情なのでしょうか。心理学者の晴香葉子さんは、こう解説します。
「さみしいとは、喪失感やどこか満たされない想いから広がっていく、物悲しさや切なさを伴う心の状態です。人恋しさや心細さを感じ、ストレス、不安感などに苛まれます。男性よりも女性の方が感じやすく、年齢によるホルモン差の影響を受けやすいこともわかっています。まだ身体が成長段階である10代では友達関係のなかで、20~30代にかけては恋愛関係において、そして、その後は家族関係のなかでの孤独感を感じやすくなると言われていて、年齢や環境によっても変化するのです」(晴香さん)
そして、さみしさのメカニズムについても明らかにしてくれました。
「さみしさを強く感じたときに生まれる“孤立不安”は、感情の動きや記憶を司る脳の偏桃体と深い関わりがあることがわかっているんです。孤立すると、脳の偏桃体が激しく活動し、不安や恐怖を強く感じます。そして、その状態から抜け出そうと、仲間を頼ったり、絆を深めたりといった協力的な行動をとろうとするのです。
これは進化のプロセスで身についた機能のひとつ。人類がまだ危険なサバンナで暮らしていた頃、この機能によって、仲間と協力して天敵に立ち向かうことができていました。進化を経て、住居は立派で安全なものに変わり、食べ物も24時間手軽に手に入れられるようになりましたが、いまだに残っている脳内の機能によって、私たちはさみしさを感じていると考えられます」(晴香さん)
晴香さんによれば、「さみしいという感情は、人類の生存確率を高めるための素晴らしい機能」とのこと。言わば、今日の生活はさみしさのおかげで成り立っているというわけです。
とはいえ、過度なさみしさに苦しめられている人もいるのではないでしょうか。その原因については、僧侶の大慈さんが話す仏教的な視点を取り入れるとクリアになるかもしれません。
「さみしいとは“苦”のひとつです。仏教での苦とは、南方仏教の聖典に用いられる言語『パーリ語』のドゥッカ(dukkha)を訳した言葉で、つらい、苦しいというよりも、“思い通りにならない”というニュアンスが近い。つまり、さみしいとは“思い通りにならない”と感じている状態です」(大慈さん)
どんなに恵まれた環境にいてもさみしさが拭い去れない。そんな人は、なにかを“求めすぎている”ということなのです。
「さみしさというのは、自分の心にある“望み”に対する不満足のこと。もっと正確に言うと、望みというよりも、“欲”という方が近いでしょうね」(大慈さん)
生存本能として私たちに備わっている、さみしいという感情。しかし、安全に暮らすことができる現代でもなお、それを感じ続けるのは、私たちが現状に満足することなく、常に新たは変化や刺激を求めているからとも考えられそうです。
■人はさみしさを感じるからこそ、誰かにやさしくなれる
このさみしいという感情が強く続いてしまったら……。私たちの心身にはどのような変化が訪れるのでしょうか。
「強く継続的なさみしさは、心にとってリスクになることがあります。人間にとても近い哺乳類であるチンパンジーの事例ですが、感染症の疑いがあった1匹が1年半ほど隔離された状態で過ごしたところ、ストレス状態が高くなり、うつ状態になってしまったんです。人間も同じで、強く継続的にさみしさを感じてしまうと、うつ状態を引き起こすリスクがあります」(晴香さん)
それを防ぐために、定期的に友達やパートナーと会うことが解決策のひとつとして考えられますが、もう少し踏み込んだ、根本的な解決策としてあげられるのが「さみしさをネガティブに捉えすぎない」ということ。
「さみしいことをネガティブなことだと仕分けしない方が賢いと言えます。さみしさという第1の矢をネガティブなものとして捉えすぎると、『さみしい自分は惨め』『みんな私をどう見ているんだろう』『私なんかなんの価値もない』というように、頭の中でどんどん負のストーリーを展開してしまうのです。これを仏教では『心の中で第2、第3の毒矢を受けているようなものだ』(『雑阿含経』第17巻)とたとえます」(大慈さん)
さみしさは進化の過程で得た機能でしかない。そんな風に開き直ることで、自分を追い詰めてしまうことから避けられるかもしれません。
また、一方で、さみしさがポジティブに働くこともあるそう。
「適度なさみしさは、人をやさしくするんです。さみしさを知ることで、他人のさみしさにも共感できたり、情緒的な深みや思いやりが育まれていったりします。そして、ひとりの時間を持つことができれば、内的対話が起こり、自分の価値観やアイデンティティを再確認することもできるでしょう」(晴香さん)
「『独り坐り、独り臥し、独り歩き、怠ることなく、独り自分自身を調える者は、森の間に楽しむでしょう』(『ダンマパダ』第305偈)。このように、お釈迦さまはひとりでいることを好まれました。ただし、ひとりでいることそのものが素晴らしいと仰っているわけではありません。自分自身を調えることが素晴らしいのであって、ひとりでいれば、自分自身と向き合う邪魔をされないと仰っているのです」(大慈さん)
晴香さん、大慈さんが声を揃えるように、「ひとりで過ごす時間=さみしいと感じる時間」もとても大切なもの。自分を見つめ、好きなもの、大切にしたいもの、譲れないものなどを知ることは、まわりまわって、誰かへの思いやりにつながります。つまり、さみしさは人を成長させるということ。さみしいからといって、闇雲に誰かと過ごすことばかりを選んでいては、大きく成長する機会を損失しかねないのです。
■さみしいときの対処法。さみしさを放っておくと楽になる
それでも、うまくさみしさを処理できないときもあるはず。他人と自分とを比べて、「私はすごくさみしい人間なんだな……」と落ち込む夜だってあります。こればかりは、いくらさみしさについて理解していても、仕方がありません。
では、もしもこの先、耐えられないくらいのさみしさに襲われてしまったとしたら、私たちにはなにができるのか。
「さみしいという気持ちを肯定的に捉え、前向きに活用してみることをオススメしたいです。たとえば、さみしさによって心が繊細になっている特別なときこそ、美術館へ行ってみたり、ひとり旅をしてみたりと、自分の感性を豊かにする機会を作ってみる。偉人と呼ばれる人たちは、その多くが、人生のなかで孤独な体験をしています。さみしさから逃れるのではなく、大切に受け止めてみると、より自分らしい人生をリスタートできるかもしれませんよ」(晴香さん)
そして、大慈さんもこう続けます。
「さみしいという一発目の矢はどうしても避けられないものです。でも、頭の中で孤独感を増幅させていき、二発目、三発目の毒矢を生み出してしまうのは、本来であれば受ける必要のない痛み。それは幻想。もしも、さみしさのあまり、ぐるぐるとさまざまなストーリーが展開し始めてしまったら、『これは幻想なんだ。たださみしいだけ、最初の矢さえ受け止めればたいしたことはないんだ』と思ってもらいたいです。
ひとりを悪いこととも良いこととも見なさない。そして、『私はひとりなんだ』とも見なさない。いまの状態にレッテルを貼らない生き方です。さみしければさみしいまま、ただ認識して放っておく。1を2や3に膨らまさない。そんな心の習慣を身につければ、ぐっと楽になるでしょう。そうすれば、限りなく自由で、執われのない、寂(しず)かな本来の自己だけが残るはずです」(大慈さん)
おひとりさまに貼られがちな「さみしい」というレッテルを、心理学と仏教の双方から分析してみました。さみしいは決してネガティブなものではない――。それを知れば、明日からは「自分の意志」を大切に、ひとりの時間も誰かといる時間も、その両方を心の底から楽しめるはずです。
晴香葉子さんプロフィール
作家・心理学者・心理コンサルタント。企業での就労経験を経て心理学の道へ。研究を続けながら、さまざまな角度から情報を提供。執筆、講演、監修などの活動を続けている。メディアでの心理解説、監修実績も多数。著作・寄稿は30冊を超え海外でも4冊出版。孤立不安に関する出典:『人生には、こうして奇跡が起きる』(青春出版社)
大慈(だいじ)さんプロフィール
曹洞宗副住職。東南アジア某所にて上座部仏教短期出家。仮面系お坊さんYouTuber、お坊さんQ&Aサイト「hasunoha」回答僧など、従来の枠に囚われず活動を展開している。
提供・DRESS(「人生を守る知恵、未来を歩く地図」となる言葉や人物、文化を伝えるウェブメディア)
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