「メンタル・アカウンティング」という言葉をご存じだろうか。日本語では「心の家計簿」「心の会計」などと表現される行動経済学に基づいた理論で、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏なども、積極的に研究・実験に取り組んでいる。

「心の会計」とは

人間の心理は必ずしも合理的に働くものではない。「頭では理解しているにも関わらず、行動がともなわない」という矛盾は、誰の心の中にも潜んでいる。この矛盾を行動経済学の観点から見ると、お金の使い方は個人の価値観や必然性を基準に利益と損失を弾きだし、節約・浪費モードを切り替えていることになる。ここで働く心理を「心の会計」という。

例えば、急ににわか雨に降られ立往生する。雨宿りする時間の余裕がある時は、コンビニに飛びこんでビニール傘を購入するという行為は「無駄使い」になるが、時間に余裕のない時は「必要品の購入」になる。一本の傘の購入でも、心理状態によって受けとめ方が異なる。

同様に、一杯のコーヒー代は惜しいが何万円もする高級ブランド品は気前よく買ってしまうというケース。ブランド品は「自分へのご褒美」だが、コーヒーは自宅や会社でも無料で飲める。つまり「ご褒美にはならない」と心の会計が判断しているわけだ。

自分の価値感や状況によって優先順位を決めている

価値感や状況が順位づけに影響することは説明したが、具体的には心の中でどのように優先項目を分類しているのだろう。

1982年に日本で行われた実験結果から、女性は心の会計を9つの項目に細分化していると報告されている。「生活資金」「ちょっとした贅沢」「教養」「私財」「緊急」「装飾品」「外出・娯楽」「お小遣い」「生活向上費」と細かくわけ、支出の度にいずれかに当てはめているそうだ。

旅行中で予想以上に散財してしまうのは、支出項目が「生活必需品」ではなく、「娯楽」や「贅沢」などの特別支出に値すると心の会計が判断してしまうからだ。ギャンブルで儲けたあぶく銭は「最初からなかったお金」であるうえに、額が低ければ低いほど「普段の収入と同等」と見なし、一気に使い果たしてしまう。

同様の心理は男性にもある程度該当するだろう。

同じ損失に対するまったく異なる反応

カーネマン氏の実験から興味深い一例を挙げてみる。「1枚の芝居のチケットを2度購入するか」という実験だ。最初の実験は、女性が劇場まで来て、前売り購入した160ドル(約1万8876円)のチケットを紛失したことに気付く。窓口では同じ値段で当日券が販売されているが、調査節約に協力した女性の9割が「当日券は買わずに芝居を諦める」と回答した。

次の実験では、当日券を買おうと窓口に並んだ女性が、財布から160ドルがなくなっていることに気付く。この場合、「クレジットカードなどで購入する」と回答した女性は9割もいた。

160ドルの損失という点では、両ケースも同じ条件だ。それではこれほどまでに回答に差をつけた要因はどこにあるのだろう。カーネマン氏はこの2つの異なる心理が、心の会計によるものだと分析している。前者は「芝居のチケットというを再購入する行為は、2倍の金額を支払うことになる」という心理、後者は「損失したのはあくまで現金で、チケットの購入は一度だけ」という心理の差だ。